第11話 吸血樹 その②
私は烏
闇夜を統べる純黒の翼の持ち主
今宵
「美しい」という言葉を頂きに
貴方の元へ舞い降りる
3
事件現場に入ってくる、着物の二人の姿を捉えた鑑識官は、「こっちです!」と手を振った。
クロナは「どうも・・・」と会釈して現場に足を踏み入れた。それに、架陰が続く。
「ほ、本当の殺人事件の現場みたいですね・・・」
「現場だからしょーがない」
公園の敷地内にひしめく警察官の姿を見て、架陰は気後れしていた。UMA関係の事件で警察と関わることは初めてなので、仕方がないことなのだが、クロナは機嫌が悪い。
鑑識官に案内され、今回の被害者の遺体を見る。
「彼女です」
「ああ、これね」
クロナは地面の上に横たわる死体を見て、軽く頷いたが、架陰は「ひっ!」と悲鳴を上げて何処かへ走って行ってしまった。吐き気でも催したのだろう。
だが、確かにこの遺体は酷い。
腹に穴を空けられ、そこから血をごっそりと吸われている。
制服姿と長い髪の毛から判断するに、女子高校生が襲われたのだと分かるが、干からびて骸骨のようになっているため、生前の姿は想像出来ない。
「てゆーか、これ、うちの制服じゃない・・・」
そこで初めて、彼女の着ている制服が、成田高校のものであると気づいた。
同じ学年か分からないが、もしかしたら名前でどんな顔だったか思い出せるかもしれない。
その時、クロナの横から架陰が顔を出した。吐いてきたのか、顔がやけにすっきりしている。
「この人、成田高校の・・・」
「ええ、私も今気づいた」
クロナはしゃがみこんで、遺体の胸に付けられた名札を見た。名前を、「佐藤」と言う。
そこで、ピンと来た。
「ああ、佐藤成美ね」
佐藤成美という女子なら知っている。別のクラスのため、話したことはないが、廊下ですれ違った時は明るいイメージを持たせた。
「あの、UMAハンターさん」
遺体をじっと見ているクロナに、鑑識官が声をかけた。
「はい?」
もしかして、遺体に近づき過ぎただろうか?
「実はこちらに奇妙な穴があるんです」
ああ、その事か。
「これですね」
クロナは成美の遺体から約2メートル離れた地面に空いた直径30センチ程の穴を見た。
架陰もクロナの横から穴を覗き込む。
「穴ですね」
「穴よ」
本当にただの穴だった。だが、とにかく深い所まで空いている。鑑識官に借りた懐中電灯で照らすと、3メートル位下まで伸びていた。
「この深さを見る限り、穴はもっともっと深くて、途中で崩れたと見るべきね」
「そうですか・・・」
架陰は臭いを嗅ぐ犬のように、穴の方に顔を寄せていた。
「じゃあ、UMAは地中に逃げたんですかね?」
「まだUMAの仕業と決まった訳ではないけど・・・」
クロナは言いかけて、成美の遺体に目をやった。
 
「まあ、この状況を見る限り、そう言えるわね」
その後、二人は遺体周辺を調べてみたが、特に問題は見つからなかった。強いて言うなら、成美の腹の傷口の鑑定から、「鋭いが、表面は荒いもの」で刺されたということがわかったくらいだ。
 
調べることが無くなったと判断したクロナは、あとの作業を警察側に任せて、架陰と共に成田高校へと帰還した。
4
調査結果をアクアに報告する。
アクアは総司令官室のふかふかのソファの上でファッション誌を読んでいたが、二人の話を聞くと、読むのを辞めた。
架陰にもクロナにもまだUMAの正体は掴めていなかった。
さて、ここからもっと調べあげて、UMAを特定する。
 
そんなことを思っていたのだが、アクアの口から放たれた言葉は意外なものだった。
「【キュウケツキ】ね」
「え?」
「吸血鬼?」
あっさりとそのUMAの名前を特定するアクア。しかも、それは絵本やホラー漫画などで聞きなれた空想上の生き物だと言う。
「こう書きます」
二人が理解していないことに気づいたアクアは、ホワイトボードを何処からともなく引っ張り出して、水性ペンで【吸血樹】と書いた。
きゅうけつきの【鬼】の部分が、【樹】になっている。
「その名の通り、【血を吸う樹木】よ。まさかこんな大物がうちの管轄に侵入するとはね」
「大物なんですか?」
「もちろん。ランクは【A】。ローペンや鬼蛙よりも格段に強いわ」
架陰がふと呟いた。
「そんなに強そうな名前じゃない気がしますね」
その言葉に、クロナも「確かに」と思った。敵が樹木ならば、切り刻んでおしまいなのではないか?
架陰の発言を窘めるように、アクアが声を押し殺した。
「そんなに舐めてかかっちゃダメよ」
その声は、吸血樹の本当の恐怖を知っている者の声だった。
「吸血樹はね、未だに正体がわかっていないのよ」
「正体が、樹木じゃないんですか?」
「樹木が地面に穴を掘って逃げると思う? 【吸血樹】という名前は、極僅かな目撃者が、皆口々に、『樹木のような姿だった』という証言をしたから、そう名付けられただけなのよ。恐らく、【吸血樹】の正体は、樹木じゃない、もっと別の何かよ」
「正体・・・、不明・・・」
架陰はゴクリと唾を飲み込んだ。そんなものを今から相手にしなければならないのかと思うと、身体中の筋肉が硬直し始める。
それに気づいたクロナが、架陰の頭を叩いた。
「こら、何緊張してんのよ」
「すみません・・・」
とりあえず更なる調査をするとして、架陰とクロナは総司令官室を出た。
お互いに制服に着替え直し、散歩がてら外に出る。もう昼を過ぎて太陽が傾き始めていた。
校舎の影が落ちる道路を二人で歩く。その間も、クロナはずっと考え事をしていた。
「正体不明か・・・、なら、どうやって正体を特定しよう・・・」
ぶつぶつと独り言となる。
 
そのクロナの独りの思考を打ち破るようにして、架陰は尋ねていた。
「そもそも、どうして吸血樹は血を吸うんですか?」
「ん、そりゃあ、栄養にするためじゃないの? 人間一人から丸々の血液を吸い取るってことは、吸血樹もかなりのエネルギーを消費するんでしょ」
クロナは淡々と言った。
その態度に、引っかかるところがあって、架陰はムッとした表情でクロナを見た。
「人が、死んでるんですよ? 随分あっさりしてませんか? 」
クロナは淡々口調のまま答えた。
「UMAが出る度に、人が死ぬの。いちいち他人のために悲しんでいられないわ」
クロナはいつものように架陰を罵倒したりしなかった。あくまで、架陰が尋ねてきたことをありのままに答えた。それは、架陰の言いたいことが、わからないわけでもないからだ。
人が死んだ。可哀想に。
UMAが殺した。憎い。
そんな感情を抱くのは当然のことだ。だから、架陰に「抱くな」とも言わない。
「じゃあ、なぜ、クロナさんはUMAハンターになったんですか?」
架陰が尋ねる。これには、クロナも言葉を詰まらせた。
「・・・」
なかなか答えないクロナに、架陰は首を傾げた。
クロナは、言葉を選びながら慎重に口を開いた。
「これしか、なかったのよ」
これしか、なかった。
「私にすべきことは、殺された人間の仇を討つとか、そういう、正義のヒーローみたいな事じゃなくて・・・、ただ、UMAを殺すことしか、私には出来なかったのよ」
言っている途中で、クロナはワシワシと自分の髪の毛をかいた。
そして、この話を強引に終わらせるため、「帰るわよ」と言ってそそくさと歩き出した。
まだクロナの話が理解できていない架陰は、「待ってください」と言って追いかける。
クロナが立ち止まった。
振り向いたその顔は、怒りと悲しみに満ちて歪んで見えた。
架陰は思わず、息を呑む。
「言っておくけど、UMAハンターの過去とか、詮索しない方がいいわよ」
「えっ?」
もちろん、するつもりはなかった。
「UMAであろうと、生物だと言うことには変わりはない。私たちは、生物の【命】を奪うのよ? そんな仕事に、まともな人間が就けると思ってるの?」
「・・・・・・」
架陰は、何も言えなかった。
その③に続く
その③に続く
 




