藤班の脅威 その③
蜘蛛に光など似合わぬ
床の下を這い
蜚蠊の血肉をすすり
闇を縫うようにして進むのだ
それこそが我々の生き方であり
生きる道標なのだ
3
薔薇班・三席【桐谷啓太】
藤班・三席【緑鬼】
同じ階級を持つ者同士、武器を構え、静かに睨みあった。
空気がピンッと張り詰めて、風の音や、木々が揺れる音さえも寄せ付けない。
クロナは、その二人の様子を傍から見ていた。
内心、「これ、どうしよう・・・」という気持ちだった。
これはいわゆる、【三竦み】というやつではないだろうか。
蛇はカエルを捕食する。
カエルは蛞蝓を捕食する。
そして、蛞蝓は蛇を溶かしてしまう。
蛇がカエルを食べてしまえば、蛞蝓は蛇を殺す。
カエルが蛞蝓を食べてしまえば、蛇はカエルを食べる。
蛞蝓が蛇を殺してしまえば、カエルが蛞蝓を食べてしまう。
これと同じ構図が、その場に完成していたのだ。
(これ、逃げた方がいいんじゃないの?)
クロナは横目でちらりと、森の先を確認した。
ここで無理な戦闘をする必要は無い。隙を突いて跳躍して、戦線から離脱するのも一つ。
もし、薔薇班と藤班の二人に狙われたら、戦闘不能になりかけないのだ。
早く、架陰と響也と合流して、AランクUMAを狙って叩いていけば、かなり勝算は高くなるはず。
それでも、桜班である自分が抜ければ、この戦いは藤班か薔薇班がぶつかり合う。
そして、勝ったどちらかにポイントが入るのだ。
(うーん・・・、ここは欲張って、20ポイント狙っておくべきかしら?)
クロナの頭の中で、次どう動くべきかの、意見の三竦みが発生する。
ジャリッと音がした。
先に動いたのは、薔薇班・三席の桐谷だった。
「おらあっ!!」
強く踏み込み、低い姿勢から、緑鬼に向かって突きを放つ。
緑鬼は半歩下がりながら、クナイで受け止めた。
ギンッ!!!
クロナの黒鴉とはまた違った金属音が響き渡る。
「始まっちゃったわね・・・」
クロナは舌打ち一つ、黒鴉を鞘に収めた。
やはり、ここは撤退が懸命。
桐谷が緑鬼に気を取られている隙に、地面を蹴って跳躍した。
「あっ!! てめぇ!!」
桐谷の明らかに困惑する声が背中に浴びせられた。
クロナは無視をして、一気に、戦線からの離脱を試みた。
その時、木陰から影が飛び出した。
「ふっ、そう来ると思っていたぞ!!」
「えっ!!」
襲いかかってきたのは、藤班の忍者の黒装束型の戦闘服を身にまとった男。
桐谷が相手にしている、【緑鬼】では無い。
もう一人、藤班の人間が潜んでいたのだ。
「我が名は、藤班・四席【黄鬼】!!」
空中で無防備なクロナの首に、引き締まった脚を絡める。
「ぐっ!!」
「貴様が、二人を放って離脱するのは予測済み!!」
そのまま、身を捻り、クロナの身体を地面に叩きつけた。
ドンッ!!!
「がはっ!!」
背中に強い衝撃を受けたくろなは、目を見開いて、喉の奥から潰れたような声をあげた。
息が詰まる。
「終わりだ!!」
藤班四席の男は、クロナに向かって小太刀を振った。
ギンッ!!!
何とか黒鴉を抜いて防ぐが、踏みとどまれず、後方に吹き飛ぶ。
「くっ!!」
クロナは必死に受身をとろうとしたが、勢いを殺せず、地面に何度も身体をぶつけ、水切りの石のように跳ねた。
何とか、木の幹に着地する。
だが、その隙に藤班の四席はクナイを構えて間合いを詰めていた。
「さあ、我が班の養分になってもらうぞ!」
(まずい!!)
防ぐことが出来ない。
クロナは思わず、強く目を閉じてしまった。
黄鬼のクナイの刃が、クロナに突き刺さろうとした瞬間、森の奥から、またもや声が聞こえた。
「クロナ姐さん!!!」
ヒャンッ!!
と空気を裂きながら、何かが一直線に飛んでくる。
「っ!!」
クロナと黄鬼は、その声がした方を振り向いていた。
飛んできたのは、煌々と燃え盛る炎を纏った弓矢。
「これは!!」
ボンッ!!!
鏃が黄鬼に命中した瞬間、強い爆発が起こり、辺りのものを吹き飛ばした。
クロナは呆気に取られる。
自分のことを、「クロナ姐さん」と呼び、炎を纏った弓矢を放つことができるのは、たった一人しかいない。
「喰らえっス!! 【天界の炎】!!」
またもや遠くから声が響き、弦がしなる音とともに、上空に何十発もの炎の矢が放たれた。
空中で弧を描き、炎を纏った矢が、まるで夕立のような勢いで降り注ぐ。
ボンボンボンボンボンボンボンボンボンッ!!!
クロナの目の前で、激しい爆発と共に、強烈な熱風が巻き起こった。
クロナは着物の袖でその熱気に耐えながら、声が聞こえた方を見る。
「大丈夫っスか!! クロナ姐さん!!」
そこには、椿班の四席である、【矢島真子】がニコニコとしながら立っていた。
第66話に続く
第66話に続く




