クロナVS桐谷 その③
天井に残る染みを数える
五つと六つに変わりはなく
今日も私は安眠する
3
「架陰は、私の彼氏だから・・・」
クロナは、押さえ込んでいる桐谷に向かってそういった。
桐谷の顔がサッと青ざめる。
「ううううう、嘘だろ!?」
「本当よ」
嘘であった。
どんな経緯があったのかは知らないが、この、執事桐谷が仕えているお嬢様が、市原架陰を狙っているということは分かった。
だが、それ以外は得体の知れない集団だ。
大体、部下に命令して、武力行使で架陰を奪いに来る者など信用できるわけが無い。
「そうよ。架陰は、私と付き合っているの。だから、あんた達にやるわけにはいかないわ」
ここは、自分と架陰が付き合っているという設定にして、やり過ごすとしよう。
「嘘だ!あんた、さっきそんなこと言わなかっただろうが!!」
「いや、聞かれてないから答えるわけないし。知らないやつに、私の恋愛事情なんて言うわけないでしょ・・・」
「ああああ!!!どうしよう!どうしよう!! 齋藤さんに怒られる!! お嬢様をガッカリさせてしまう!!」
すっかり架陰とクロナが付き合っているということを信じ込んでしまった桐谷は、身動きが取れない状態で叫んだ。
(なんとか、信じてくれたわね・・・)
クロナは安堵の息を吐くと、桐谷の首筋に当てた刀を離した。
「ということだから、あんたのお嬢様に言っておいて。『架陰は私のもの』って」
「市原架陰はお嬢様のものだよ!!」
往生際の悪い桐谷。
クロナはめんどくさくなった。
「さっきからお嬢様お嬢様って言っているけど・・・、そのお嬢様ってのは何者なの?」
「お嬢様はお嬢様だ!! 我らが主!! 【華蓮】様だよ!!」
「えっ!?」
カレン様!?
動揺したクロナに、一瞬の隙が生じた。
その瞬間を見逃すはずもなく、桐谷はクロナを押し返して、拘束から抜け出す。
地面を転がって、地面に落ちていた【甲突剣】を拾い上げる。
「しまった!!」
「よっしゃ!!」
再び自由になった桐谷は、レイピアの鋒をクロナに向けた。
「あんたと市原架陰が付き合っているって言うなら、あんたをぶっ飛ばして、無理やり市原架陰と別れさせてやるさ!!」
そう、頭の悪いことを画策した桐谷は、一直線にクロナに向かって駆けてくる。
クロナは舌打ち一つと共に、刀を握り直した。
キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!キンッ!!
攻める桐谷。
防ぐクロナ。
二人は、激しい剣戟を繰り広げた。
「あ、あんた!! 今、お嬢様のことを・・・、カレン様って言ったわね!!」
「言ったに決まってだろ!! お嬢様はお嬢様!! 華蓮様は華蓮様だ!!」
どういうことだ?
クロナは意識を散漫にしながら、桐谷の刃を打ち合う。
カレン様。
もちろん、同姓同名ということもある。
しかし、どうも引っかかった。
(カレン様って・・・、カレンさんのこと?)
ありえない話ではない。
城之内カレンは、普段から自分のことを『私は城之内家の次期当主』と語っている。
そして、彼女の隣には、いつも、タキシードを身にまとった【西原】という男。
つまり、執事。
そして、この桐谷という男も、タキシードを身にまとっている。
(なにか、起こっている!?)
「おらあっ!!」
ギンッ!!!
右足の強い踏み込みと共に放たれた、桐谷の突きが、クロナを吹き飛ばす。
「くっ!!」
クロナは体勢を整えて踏ん張るが、地面の土を抉りながら、五十メートル程後方に下がることとなった。
その間隙を縫って、桐谷が迫る。
「喰らえ!!」
「まだまだ!!」
クロナは放たれた一撃を、紙一重で躱す。
身を捻り、桐谷の背後に回り込んだ。
流れるような動きで、桐谷の首に刀の刃を当てる。
「一つ聞きたいことがあるわ・・・」
「くっ!!」
「あんたの言う、その【華蓮様】ってのは、誰のこと?」
「あん?」
桐谷は横目でクロナを睨んだ。
「なんでそんなことをお前に言わなきゃならねぇんだよ!!」
「いいから言いなさいよ。首が吹っ飛ぶわよ」
クロナはさらに刃を押し当てる。
桐谷の首筋の皮膚が切れ、じわりと血が滲んだ。
「くっ・・・」
さすがに首を落とされては敵わないので、桐谷は口を開いた。
「華蓮様は・・・、オレたちの主だよ・・・。優しいし・・・、綺麗だし・・・、班長をやってて、強いし・・・」
「へえ、薔薇班の班長をやっているの?」
ということは、我らが城之内カレンとは別人ということになる。
クロナはほっとして、桐谷から刀を離した。
(カレンさんに、架陰を盗られたらたまったものじゃないからね・・・)
刀から解放された桐谷は、ほっとため息をついた。
「ちなみに、苗字は【城之内】だぜ・・・」
「えっ!?」
「オレたちの班長かつ、お嬢様の名前は・・・、【城之内華蓮】さまだよ・・・」
第65話に続く
第65話に続く




