薔薇班襲撃 その③
貫くは意思
3
桜班・三席の雨宮クロナは、一人で走っていた。
「んもー、響也さんと、カレンさん、あと架陰もどこに行っちゃったのよ・・・」
薄暗い森の中を、時々聞こえるUMAの鳴き声に身構えながら駆け抜ける。
近くに沼があるようで、辺りにはひんやりと湿気た空気が漂っていた。
この重苦しい空気は嫌いだ。肺にまとわりつくようで、動きだって鈍くなる。
「はやく、みんなと合流しないと・・・」
その時だ。
クロナの着物の懐に入れたトランシーバーが震えた。
確認する。
送られてきたメッセージを見た瞬間、クロナは声を裏返して驚いた。
「あ、【城之内カレン、脱落】!?」
それは、仲間が戦闘不能になったことを告げるメッセージだった。
「う、嘘でしょ・・・」
クロナは目を見開いて、液晶に表示されたメッセージを読んだ。何度も読んだ。上からや下からも読んでみた。
だが、カレンが敗北したということは、明白な事実であった。
「か、カレンさんが・・・、負けた?」
足元から崩れ落ちるような不安がクロナを襲う。
その時だ。
「っ!!」
クロナは突然、森の奥から殺気が迫るのを感じ取り、その場から飛び退いていた。
ドンッ!!!
見えない衝撃波が、クロナが立っていた地面を、円柱状に削り取る。
「何っ!!」
ガサガサっと音がして、草むらから、タキシードを着た少年が飛び出した。
「へへっ! 覚悟!!」
そう叫ぶや否や、右手に握った、中世ヨーロッパ風のデザインである、レイピアを空中のクロナに向かって突く。
ギンッ!!!
「っ!!」
クロナは、咄嗟に、腰の【名刀・黒鴉】を抜いてその一撃を防いだ。
針のような鋭い刃が、クロナの黒い刀身を穿つ。
火花が弾け、二人は同時に地面に着地した。
「ちょっと!! いきなりなによ!!」
「はは!! 女だ!! お嬢様以外の女だ!! いやあ、久しぶりに見たなあ。お嬢様以外の女!!」
タキシードを身にまとった少年は、目を輝かせてクロナの足元から胸元までを見上げる。
「なに、こいつ・・・」
クロナは目をじとっとさせて半歩下がった。
少年はニカッと笑うと、右手のレイピアを流麗な動きで振り回した。
「初にお目にかかります。オレの名前は、【薔薇班・三席・桐谷啓太】! 齋藤さんの命令により、あんたの命を頂戴しに来た!!」
「私の、命を?」
その言葉を聞いた途端、クロナの筋肉が硬直した。
「どういうことよ・・・、これはハンターフェスよ。人間を攻撃していいはずが・・・」
「はあ、ゼロから説明しなきゃいけないもんですかね」
薔薇班三席の桐谷は、大袈裟にため息をついた。
「これだから、初参戦の班は・・・」
「な、なによ・・・」
「時間が無い。いや、時間稼ぎをしなきゃならんから、時間がかかるのは結構だ。だが、時間を稼がないといけないにせよ、オレは簡潔的に話をする。このハンターフェスで、人間を襲うことは公式認定されている・・・」
「はあ?」
クロナは眉間にシワを寄せた。それでも、握った刀の鋒を桐谷に向ける。
桐谷は歯を見せて笑った。
「もう一度言うぜ。オレは今から、あんたを始末する。」
「あんた、気が狂ってるの?」
「気は狂ってないさ。ただ、毎日毎日、お嬢様の面倒と、齋藤さんにこき使われて、気が滅入っているだけさ・・・」
桐谷のレイピアが、カチャリと金属音を発した。
「久しぶりに、お嬢様以外の女を見た。オレは少し興奮している。もちろん、性的な意味じゃない。まあ、性的な意味じゃないと言えば嘘になるが、そんな邪な気持ちは抱いていない。男子高校の学生が、試合で他校の女子マネージャーに話しかけるようなものさ・・・」
「・・・・・・」
「あれ、なんて言おうと思ってたんだっけ? いや、何をしようと思っていたんだっけ?」
桐谷は頭に指を当ててとぼけた。
「くそ、忘れちまったよ・・・」
この男、そこまで頭がいい方では無いらしい。
「まあ、いいや」
そういうと、桐谷はレイピアの鋒を上げて、クロナの胸元を指した。
「さあ、オレと戦って貰うぜ。お前が勝ったら、オレの10点をやろう」
「・・・、あんたが勝ったら?」
「もちろん、市原架陰を夫に貰う!!」
「あ?」
クロナは眉間のシワを深めて、首を傾げた。
「イカれてるの?」
「イカれてねぇよ。そのままの意味だ。オレが勝てば、市原架陰を、お嬢様の夫として頂く。って、あれ? これ、言ってよかったんだっけ?」
桐谷はまた頭に手をやって考え込んでしまった。
ちなみに、【薔薇班の市原架陰強奪計画】は内密に、という司令が出ている。
「まあいいや!!」
桐谷は腰を低くして、レイピアを構えた。
「どちらにせよ、オレとあんたは戦う。そして、オレが勝つ!! その結果だけは変わらないんだぜ!!」
第64話に続く
第64話に続く




