第10話 覚醒と決着 その③
俺たちは太陽に憧れた天使だ
俺たちは太陽に翼を焼かれた人間だ
俺たちは月の光で身を癒す
3
目を覚ますと、ベットの上にいた。
目に飛び込んで来たのは、白い天井。一瞬、病室を疑ったが、窓がない。周りが、灰色のコンクリートの壁で覆われている。
病室にしては、圧迫感のある部屋だ。どちらかと言うと、保健室だろう。
「ここは?」
「桜班の地下本拠地よ」
隣で椅子に座っていた制服姿のクロナがぶすっとした口調で答えた。
「あんたはまだ入ったこと無かったけど、【医務室】ってわけよ。まあ、最近は響也さんの昼寝部屋みたいになってたけど」
なるほど、自分は本拠地に戻ってきたのか。
架陰は安堵のため息をついた。
「死んでないのか・・・」
てっきり、自分は死んだと思っていた。
「死ぬわけないでしょ?」
クロナが横目で架陰を睨んだ。
「あんた、軽傷なんだから」
「え、ほんとですか?」
架陰はがばりと布団から起き上がった。ジャージに着替えさせられた身体をぺたぺたと触る。確かに、痛くない。軽傷だったのか。
いや、この感触は。
「あれ? 傷そのものが消えている?」
確かに、肩と腹に貫通した跡が残っていたはずだが、綺麗さっぱり塞がっているような感触だ。
「僕、本当に怪我してました?」
思わず、隣のクロナの方を向く。
これに関しては、クロナは首を縦に振った。
「してた」
「じゃあ、なんで?」
「これよ」
クロナは、何処からともなく、白い皿の上に乗った桜餅を取り出した。
架陰は身を乗り出して、それが正真正銘の桜餅だということを確かめる。ピンク色のもち米に、桜の葉。桜餅だ。
「桜餅ですね」
「桜餅よ」
何が言いたいのだ? どこぞのアンパンマンのように、桜餅を食べて元気100倍とでも言いたいのか。
「これは、桜餅であって、桜餅ではないわ」
「ん? どういうことです?」
「つまり、SANAが開発した【回復薬】よ。これを食べれば、元気100倍」
結局元気100倍なのか。
「簡単な傷ならたちどころに治るし、疲労も一瞬で吹き飛ぶ。欠損した部位は流石に生えてこないから注意ね」
「へー、凄いですね」
「大変だったのよ? 失神したあんたの口を無理やり開いて、桜餅を流し込むの」
そう言われて、架陰は自分が失神していたことを改めて思い出した。
ハッとして、辺りを見回す。
「そういえば、カレンさんは!?」
クロナは、「ああ」と思い出したように手を打った。
「もちろん、会ったわよ。あんたを背負ってここに来るものだから、ひとまず『先輩に迷惑をかけるな』とあんたの顔を十発殴ったけど」
だから頬が痛いのか?
その時、タイミング良く医務室の扉が開いた。
「架陰くん! 目が覚めたようねぇ」
満面の笑みのカレンが入ってきた。もう制服に着替えている。
「怪我の方は大丈夫?」
「あー、大丈夫ですよ。ちゃんと桜餅押し込んで置いたんで」
クロナが答えた。
「あらぁ、なら、もう治ってるわねぇ」
治っているという基準が分からなかったが、架陰は一応手のひらをグーパーと開いたり閉じたりしてみた。
大丈夫。普通に動く。
クロナが軽蔑するような目を架陰に向けた。
「腹を貫かれてるのに、腹を見ずに手を見るやつ初めて見た」
「そ、そうですよね」
たまらなく恥ずかしくなった。
クロナの発言をよく思わなかったのか、カレンがクロナの頭をぺしっと叩いた。
「架陰くんをいじめちゃダメよぉ、クロナ。架陰くんは頑張って鬼蛙を倒したんだからぁ」
クロナは痛くもない頭に手をやって、腑に落ちない顔をした。だが、一応頷く。
「はい、すみません」
そして、架陰の方を向く。
「でもあんた、よくやったわ。無断出撃は感心できないけど、それでもちゃんと実績は残したわね」
「あ、ありがとうございます」
架陰は照れくさくて頭をかいた。クロナが自分を褒めるのは初めてだった。
だが、そんな架陰に早速報告書の山が差し出された。
「じゃあ、書きなさい」
「え、僕、怪我人ですけど?」
「怪我ならもう治ってる」
そりゃそうだ。
架陰は、助けを求めるような目をカレンに向けた。こればっかりは、カレンは首を横に振った。
「じゃあ、私はこれでぇ。外で西原が待ってるのぉ」
そう言って、スカートを優雅に翻して、部屋を出ていった。
「・・・、逃げた!」
「こら、先輩を悪く言うな」
クロナが架陰の頭を叩く。ぺしっと言うよりも、「ばしっ!」。カレンのものと比べて、かなり強い力だった。
「ほら、さっさとベット降りて、その報告書書きに行くわよ」
「はい・・・」
またあの報告書地獄が始まるのか・・・。
4
場所は変わって、鬼蛙の住処だった沼にて。
もう既に鬼蛙の死体は回収され、後に残るのは、抉れた地面と、そこに広がる血溜まり。
その血溜まりを指ですくって眺める者二人がいた。
「おい、こりゃあ、血だ」
「そうですね」
一人は、身長170センチあるかないかの背丈で、金髪が空に向かってガチガチに固められている。血に飢えた獣のような鋭い目がギラりと光った。
もう一人は、かなりの大柄で、ラグビーボールでも入っているのかと疑うほど太い腕をしていた。小さな丸眼鏡をしているため、表情は読めない。
両者、共通して、鮮血のような赤いスーツを身にまとっていた。
「ここで、どっかの班がUMAとドンパチしたみたいだな」
「そうですね。ここまでこのフィールドを荒らせるのは、UMAしかいません」
大男の口調はかなり紳士的だ。一方で、ワックス男は荒っぽい喋り方だ。
「おいおい、じゃあ、ここに住んでたUMAと殺りあった奴は誰だよ?」
「この地区は、桜班が担当ですが・・・、彼らは、Cランクの弱小。とても、ここまでの威力を持つUMAと戦えるはずがありませんが」
「そうだよなぁ・・・」
男はしばらく顎に手をやって考えていたが、急にすくっと立ち上がった。
「まあ、いいか」
興味を無くしてしまったようである。
「いいのですか?」
大男が一応の確認をとる。
即答だった。
「ああ、いい!!」
「わかりました。引き上げましょう」
二人は頷き合うと、踵を返して森を出ていく。ぬかるんだ地面に、二人分の足跡が残った。
「どの道、あいつらには【吸血樹】は倒せねぇよ」
「桜班の他に警戒すべきは、【薔薇班】ですが?」
「あいつらはいい。今は班長不在で活動していない」
「ということは、つまり・・・」
「ああ」
ワックス男がニヤリと笑った。
「俺たち、【椿班】の出番ってわけさ」
第11話に続く
次回予告
架陰「SANAの技術って凄いですね。あっという間に傷が治る【回復薬】を作るなんて」
クロナ「そうよ。桜班は桜餅型だけど、他の班によって回復薬の形は違うわ。ちなみに、第1話で噛み切られた私のアキレス腱は、この桜餅で治したの」
架陰「へー、これさえあれば無敵じゃないですか」
クロナ「そういう訳にも行かないのよ。食べすぎると、過回復で、細胞が腐って死んじゃうから、桜餅は奥の手として扱うべきね」
架陰「じゃあ、怪我をすべきではないことに変わりはありませんね」
クロナ「そうよ。傷つかないのが一番よ」
架陰「次回、第11話『吸血樹』!」
クロナ「お楽しみにね」




