禁忌に触れる前に その③
そのお嬢様は薔薇に囲まれていた
もう一人のお嬢様は石牢に囲まれていた
そのお嬢様は蝶々を愛でていた
もう一人のお嬢様は毒蜘蛛を愛でていた
2
「黙れ・・・」
その瞬間、カレンの声のトーンが下がった。
目にも止まらない速さで、握っていた翼々風魔扇を振る。
翼々風魔扇の能力は、【風】操作。
振るだけで突風を発生させる代物だが、使い方を極めれば、空気中に真空状態を作り出し、鎌鼬なるもの、つまり、【斬撃】を放つことかできる。
ヒャンッ!!
風が鳴いた。
その瞬間、狂華の右肩に斬撃が炸裂して、着物を裂く。
「くっ!!」
狂華は咄嗟に肩口を抑えた。
だが、もう遅く、裂けた皮膚からどくどくと血が流れ落ちた。
動揺したのは束の間。
狂華は予想通りの反応で、にんまりと笑った。
「やっぱり、あなた、【城之内家】の人間じゃないようね・・・」
架陰誘拐作戦で、情報収集に回った狂華だからこそ言えることだった。
調べだのだ。
桜班のメンバーについて。
そして、副班長であるカレンに、不可解な事実があることを知った。
カレンは、自らのことを「城之内家次期当主」と名乗っているが、住んでいるのは、ボロボロのアパート。
一応、リムジンに乗り、お付の執事はいるようだが、彼もまた四六時中彼女についているわけではない。
このことが、狂華にとって有益となるものでは無い。
だが、好奇心から、狂華はさらに探りを入れたのだ。
そう、本当の【城之内家】に。
「知っているかしら? 城之内家の次期当主は、現在、【薔薇班】として活動していると聞いたわよ。それなのに、何故あなたは、桜班にいるの?」
「・・・・・・」
カレンはうつむき加減だ。
狂華は畳み掛けた。
「そして、その薔薇班が、このハンターフェスに来ている・・・。この意味が分かるかしら?」
「・・・・・・」
カレンは何も答えない。
「あなたの正体が一番謎だったわ。城之内家次期当主にしては身なりが悪い。だけど、それも今日で全て解決しそうね・・・。だって、本物の城之内家次期当主が、このハンターフェスに参加しているのだもの・・・」
「うるさい・・・」
カレンはゆっくりと口を開いた。
「うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい・・・」
強く握りしめた翼々風魔扇の柄から、血が滲む。
「私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主私は城之内家次期当主・・・」
そう、呪文のように繰り返した。
うつむき加減の目元には黒い影が差し、おっとりとした光を宿した瞳は、今や黒く混濁している。
間延びした口調が消え、地を這うような、じっとりとしたものに変わった。
「私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン私は城之内カレン・・・」
まるで自分に言い聞かせるように繰り返すと、翼々風魔扇を構えた。
ゾクッとしたものが狂華の背中を這った。
(ああ、この子・・・)
肩の傷から手を離し、血にまみれた手で刀を握る。
(心が、壊れているんだ・・・)
「私は、城之内カレン!!」
カレンが翼々風魔扇を振った。
突風が吹き寄せ、狂華の着物の袖を揺らす。
狂華は刀を中段に構えると、風の合間を縫ってカレンに接近した。
「私は、城之内カレン・・・」
カレンは狂華の斬撃を上体を仰け反らせて躱すと、起き上がる反動を使って翼々風魔扇を振った。
「っ!!」
圧縮された風の塊が、狂華を吹き飛ばす。
「暗器!!」
狂華の着物の袖から、三本のクナイが飛び出した。
狂華の武器は、暗器。身体の至る所に、機動力の高い武器を繰り出せるのだ。
「私は、城之内カレン!!」
カレンは翼々風魔扇を使ってそのクナイを弾く。
狂華は体勢を整え、浅い川の上に着地した。
下駄がカランッと渇いた音を立て、水しぶきをあげる。
「分かるわよ。あなたの気持ち・・・」
そう言って、水に濡れた下駄の鼻緒を引く。
ジャキンッ!!
と音がして、下駄の裏から、スケートシューズのような刃が飛び出した。
刃下駄。
「分からないのね。自分が、誰なのか・・・。私もそうよ。人間なのか、UMAなのか、UMAハンターなのか、悪魔の堕慧児なのか分からない・・・」
刃が付いた下駄で地面を蹴り、カレンに斬り込む。
刃が地面の砂利で擦れて、ギャリギャリギャリギャリと不快な音を立てた。
「ふっ!!」
カレンが竜巻を放った。
突風が、狂華が握っていた刀を弾く。
「甘いわ!!」
刀を失った狂華は、空中で身を捩ると、風の隙間から、鋭い蹴りを放った。
ザンッ!!
「ぐっ!!」
下駄の裏の鋭い刃が、カレンの腹を掠めた。
カッと熱くなり、血が噴出する。
「さあて、あなたの化けの皮をはぐときは来たわよ!!」
第61話に続く
第61話に続く




