禁忌に触れる前に その②
化けの皮が剥がれる
2
時は少し遡る。
架陰と山田が、合流する前のこと。
「ふあー、みんなとはぐれちゃったわぁ・・・」
カレンは、浅い川に沿って、森の中を歩いていた。
直ぐに、クロナや響也と合流しようとしたのだが、何故かトランシーバーが繋がらない。
必死に交信を試みたが、砂嵐のようなノイズ音が流れるだけで、ただ、時間が無駄にすぎていくだけだった。
「仕方ないわねぇ。もう、自力で響也達を探すしかないわぁ」
カレンは、UMAを倒しながら、響也達を探すことにした。
空間転移装置で飛ばされたカレンは、この森の中に立っていた。
いかにもUMAが出現しそうな場所だったが、一向にカレンを襲いに来るUMAはいなかった。
「はあー、全くUMAと遭遇しないわねぇ・・・」
最初は走っていたカレンも、いつの間にか歩いていた。
カレンの足袋が砂利を踏む音と、川がサラサラと流れる音だけが辺りにこだましていた。
「疲れたわぁ」
カレンは頬に浮かんだ汗を拭うと、川の方に身を屈めた。
手で川の水を掬って、顔を洗う。
ひんやりと冷たく、澄み渡った水だった。
カレンがもう一度水面に手を入れて、水をすくいだそうとしたその時だ。
森の木々の影から、一本のクナイが、カレン目掛けて投げやれた。
ギンッ!!
「誰?」
カレンは咄嗟に、着物の帯に仕込んだ、【翼々風魔扇】で弾いていた。
クナイが足元に落ちる。
カランッと、鈍い金属の音が響いた。
「ふふふ、久しぶりね」
木の影から、女が出てきた。
薄紅の生地に桜の文様を施した桜班の着物とは対照的に、赤を基調として、豪華絢爛な刺繍が施された着物を着た女。
キリッとした赤い目が、カレンに微笑みかけた。
「・・・・・・」
カレンはじっとその女を見ていた。
そして、首を傾げた。
「だあれ?」
「うっ!」
女は面を食らったように後ずさった。
「覚えていないの?」
「覚えていないわよぉ」
「いやいや、確かに私たちは戦っていないけど!!」
「戦っていない?」
カレンは首を傾げたまま、女の顔を眺めた。
カレンの記憶が刺激される。
「ああ、あなた・・・」
少し、思い出した。
一か月前の、【架陰奪還作戦】にて、桜班と椿班の連合チームの前に立ちはだかった、【悪魔の堕慧児】の一人。
「あなたは、悪魔の堕慧児の、【狂華】ね・・・」
「覚えていてくれたんだ。嬉しいわ」
今の今まで忘れていた。
そもそも、狂華と戦ったのはカレンではなく、響也だ。
カレンにとって、狂華の記憶は、「ちらっと作戦後の資料で確認した」程度のものだった。
「それで、悪魔の堕慧児さんが、私になんの用かしらぁ? ここはハンターフェスの会場よォ?」
「ふふふ、今の私は、【悪魔の堕慧児】の狂華ではないわ。【百合班】の副班長である、【狂華】よ!」
狂華は胸をぐっと張って、そう宣言した。
纏めた髪に刺した簪がシャランと澄んだ音を立てた。
「私はいま、正式に、ハンターフェスに参加しているの!!」
「あらぁ、どうして?」
悪魔の堕慧児である、半分人間、半分UMAの者が、「UMAを倒す」大会に参加するのが理解出来ない。
すると、狂華は白い指を自分の唇に押し当てた。
「そんなの、決まっているじゃない。これが、私の【人間の姿】だからよ。悪魔の堕慧児の時は、【UMAの姿】。私は、こうやって自分を使い分けているのよ」
「あら、そうなの・・・」
カレンは素っ気ない返事をすると、翼々風魔扇を握りしめた。
「よく分からないけど、あなたを倒して拘束してしまえば、悪魔の堕慧児について、洗いざらい吐いて貰えるのかしらぁ?」
「へえ、おっとりとした顔をしてるけど、なかなか毒々しいことを言うじゃない」
狂華が腰の刀に手をかけた。
「でも、ちょうどいいわ。この大会の裏ルールに、【人間は10ポイント】というものがあってね。正々堂々、私はあなたと戦うことができるのよ」
「あらぁ。それはとってもいいルールね」
二人はニコニコと笑いながらも、触れれば切れてしまいそうな殺気を放った。
じりりと、狂華がカレンに近づく。
「そう言えば、あなた、面白い家の子供らしいわね」
「・・・・・・」
狂華の言葉に、カレンの唇がピクっと動いた。
「そうよぉ。私は、城之内カレン。名家、【城之内家】の次期当主なの」
「へぇ・・・」
狂華はニヤリと笑った。
狂華は、悪魔の堕慧児であり、一か月前の【架陰誘拐作戦】を影から支えていた功労者だ。
具体的に何をしたかと言うと、桜班の動向をスパイしたのだ。
響也、カレン、クロナ。
三人の動きを観察した。
「あなた、【城之内家の次期当主】なんて言っているけど、小さなアパートに住んでいるじゃない」
「・・・・・・」
カレンのことをスパイしている時に知ったのだ。
カレンは、【城之内家】という名の、大それた屋敷には住んでいない。
家賃二万円の、ボロボロのアパートに暮らしている。
「あなた、本当にお嬢様なの?」
「・・・、なんの、ことかしら・・・」
「そう言えば、さっき、面白い女の子と会ったのよ・・・」
狂華は畳み掛けた。
「薔薇班の班長の女の子だった。その子、名前を聞いたら・・・、城之内・・・、か」
「黙れ・・・」
その瞬間、カレンが放った鎌鼬が、狂華の肩を斬り裂いていた。
その③に続く
狂華はUMAハンターであったときに、DVLウイルスに感染しました。身体がUMAへと変貌する前に、手術を受けて【悪魔の堕慧児】へとなっています。
ですが、UMAハンターとしての仕事、UMAハンターの仲間を裏切ることが出来ず、【スパイ】として、未だにUMAハンターとして活動しています。




