【第60話】禁忌に触れる前に その①
禁忌に触れる前に
私は楡木の社に身を捧ぐ
1
「はあ、はあ・・・、はあ、はあ・・・」
自分の刀で突き刺した肩の傷が痛む。
じわじわと赤い血液が滲み、だらりと下がった左手から滴った。
意識が飛ぶか飛ばないかの境界線で、架陰は荒い息を立てながら立っていた。
目の前の床の上に倒れているのは、白目を剥いた忍者姿の男。
「やったか?」
架陰は刀の鞘で、藤班副班長の顎を突いてみた。
だが、東堂樹が起き上がる様子はない。
どうやら、本当に気絶しているらしい。
「お見事です」
背後で控えていた山田が手を叩いた。
「毒を入れられた瞬間、自分の身体を傷つけ、その痛みで覚醒する。この御仁は、まんまと隙を突かれたようですね」
「ど、どうも・・・」
架陰は倒れる寸前だった。
吐き気と、瞼の重みと、頭痛が乱雑に襲ってくる。
「す、直ぐに、回復薬を、飲みます・・・」
「いえ、神経毒なので、回復薬では治らないでしょうね」
そう言って山田は、倒れている東堂樹に近づいた。
「恐らく、この男は持っているはずです」
ゴソゴソと、無抵抗の男の胸元を漁る。
「ほら、ありました」
山田が取り出したのは、白い半紙に包まれた丸薬だった。ご丁寧に、【解毒薬】と書かれている。
「ありがとうございます」
架陰は山田から解毒薬を受け取ると、半紙から取り出して口に放り込んだ。
苦い。
だが、飲み込めば直ぐに、身体の不快感が消え去った。
「ふう、助かりました・・・」
「あと、これも」
そう言って、半紙に包まれた【回復薬】を抜き出した。
「藤班が使っている【回復薬】は、丸薬の形になっているようですね。これなら桜餅や、椿油と違って、摂取もしやすいでしょう」
「勝手に盗っても大丈夫なんですかね?」
既に、盗んだ【解毒薬】を飲んでいたが、やはり倒れている人間から追い剥ぎをするのは気が引けた。
「大丈夫でしょう」
山田は無表情のまま頷いた。
「彼は戦闘不能。戦線復帰は難しいでしょう。ならば、回収される前に、彼が使っていた回復薬くらいは盗んでも、作戦のうちですよ」
「そうですかね?」
架陰は受け取った、丸薬型の回復薬を飲み込んだ。
効能は、【桜餅】と同じ。
たちどころに、背中についた傷と、肩に負った傷が回復した。
「ふー、何とか・・・」
身体の痛みが消え、ほっと一息ついたとき、架陰と山田のトランシーバーが震えた。
直ぐに見る。
【残り77人】
「減っていますね。僕が、あの人を倒したからでしょうね・・・」
「はい」
すると、再びトランシーバーが震えた。
今度は、架陰だけのものだった。
【11】
「人間を倒したから・・・、10ポイント入って、合計11ポイントですね」
桜班の点数は、桜班にしか受信されない。
そして、まだ【11】ポイントということは、はぐれてしまった響也、カレン、クロナはまだUMAを倒していないということだ。
「少し、優越感・・・」
「では、架陰殿。次は私のUMAハントを手伝っていただきますよ」
「あ、はい。分かりました」
忘れかけていた事だが、架陰と山田は、代わる代わるに援護し合うという契約を結んでいたのだ。
この、藤班副班長を倒すのに、山田の援護を貰ったので、今度は架陰が山田の援護をしなければならない。
「どうしますか? この校舎にはもうUMAはいないようですけど・・・、それに、人間を狙うか、UMAを狙うか・・・」
「そうですね。とりあえず、私たちはUMAを狙って動きましょう。まあ、恐らく、先程の藤班のように、人間を倒すことで得られるポイントを狙って攻撃してくる者たちもいると思いますが・・・」
山田はあくまで、UMAを狙う姿勢をとった。
だが、人間に狙われるようなことがあれば、返り討ちにしてポイントを掠めるという方法も見据えていた。
「じゃあ、行きましょうか」
「はい」
二人は踵を返して、二階の階段から降りようとした。
その時、再び架陰と山田のトランシーバーが震えた。
「おや、残り【76】人と書いてありますよ。また一人、やられたようですね・・・」
山田は液晶を眺めながらそういった。
架陰の方に目をやる。
架陰は、口をあんぐりと開けて、震えていた。
「どうしました? 架陰殿・・・」
「そ、そんな・・・、馬鹿な・・・!!」
「架陰殿?」
山田は首を傾げる。
明らかに、架陰の様子がおかしかった。
まさか、架陰にだけ、残りの人数とは違うメッセージが送られて来たのではないだろうか。
「架陰殿、一体、何が送られて来たのですか?」
「か、か、カレンさんが・・・!!」
「カレン殿・・・?」
桜班副班長の、【城之内カレン】のことを言っているようだった。
架陰はカタカタと震えながら、トランシーバーの液晶を山田に見せた。
「・・・、ほう・・・」
【桜班副班長、城之内カレン、脱落】
その②に続く
残り【76】人
その②に続く




