ハンターフェス編開幕 その③
その煌めく瞳の奥に
どす黒い瘴気を
3
マイクロバスは、山道を長時間走り続けた。
一時間、二時間、三時間は過ぎた。
その退屈な時間の間も、ひたすら、マイクロバスは進み続ける。
その揺れが心地よくなり、架陰はいつの間にか眠っていた。
直前のツチノコ討伐任務の疲労が後押しをして、かなり深い所まで意識を失う。
※
気がつくと、暗闇の中に立っていた。
「やあ、久しぶり!!」
架陰が精神世界の中にやってきたことに気がついたジョセフは、片手を上げて軽い挨拶をした。
その横には、ぶすっと不機嫌な悪魔も立っている。
架陰はもう驚かない。
「お久しぶりです。ジョセフさん、悪魔」
二人にぺこりと頭を下げた。
ここは、架陰の精神の世界。魂が構築した空間。
ここに、10年前から、ジョセフと悪魔が住み着いているのだ。
「一ヶ月も姿を見せてくれませんでしたが、どうしたんですか?」
「ああ、こいつが目覚めるのを待っていたんだよ」
ジョセフは胡座をかいている悪魔を指さした。
「この一ヶ月の間、悪魔は僕が眠らせておいた。その時間を使って弱体化させたんだよ」
「弱体化?」
「ああ。前みたいに、悪魔が君の精神を乗っ取って、暴走してもいけないだろ? だから、力を少し抑制した」
そう言うと、悪魔が大袈裟に舌打ちをした。
「クソ・・・、力ガデナイ・・・」
その様子を見たジョセフは、イタヅラをしたあとの子供のようににまっと笑うと、悪魔の爬虫類の鱗のように硬い肩を叩いた。
「というわけで、架陰。君は今まで通り、【魔影】の能力を使えるようになったから」
「は、はい。ありがとうございます」
「基本的に、【弐式】を使っていけ。ピンチになれば、【参式】を使用してもいい。だけど、そうなると、悪魔の力を抑制する僕にも負担がかかるから、考えて発動しておくれ」
「はい、分かりました・・・」
一通りのことを聞くと、架陰は目を覚ますために、暗闇の中を歩き始めた。
「ああ、そうそう!」
ジョセフが思い出したように架陰を呼び止めた。
「なんでしょう?」
「今から、ハンターフェスに行くんだろ?」
真剣な眼差し。
「はい。行きますよ」
「ハンターフェスというイベントは、僕がまだ生きていた頃は開催されていない。だから、得体が知れないんだ」
「そうですか?」
ジョセフの顔は少し強ばっていた。額をつうっと汗が伝う。
架陰には、なぜ彼がそんなに、何かを警戒しているのかが分からない。
「僕は悪魔と一緒に十年間暮らしてきたからね、ある程度の、人の【悪意】ってやつが読めるんだよ」
ジョセフの声のトーンが下がった。
人差し指を唇に当て、まるで機密情報を言うかのように押し殺した声で話す。
「今、マイクロバスを運転している女・・・」
「ああ、村瀬さんですか?」
「あの女から、悪意を感じた」
「え?」
確かにミステリアスな雰囲気ではあったが、そんな感じはしなかった。
架陰とて、殺気くらいは感じ取れるのだ。
「正確に言えば、彼女からの悪意では無い。彼女を通して、何か、陰謀のようなものが渦巻いている・・・」
「そ、そうなんですか?」
「気をつけろ。架陰。おそらく、今回の戦いも、かなり過酷なものになると思う・・・」
ジョセフがあまりにも真剣な口調で、諭すように言ってくるものだから、架陰は身を固くした。
ゴクリと唾を飲み込む。
ジョセフはふっと息を吐いた。
「大丈夫だ。僕達がついている。君がピンチになったら、【魔影】として、君を助ける。君は、今まで通り、戦ってくれればいい」
「はい・・・」
架陰はこくっと頷いた。
※
「着きました」
村瀬の声で、架陰は目を覚ました。
「もう、アイマスクを外しても構いません」
そう言われたので、恐る恐るアイマスクを外す。
暗闇に目が慣れていたせいで、差し込んできた光に思わず怯む。
「こ、ここは・・・」
架陰は目を細めながら、窓の外を見た。
そこには、巨大な壁が聳えていた。
「大きいな・・・」
首を擡げても、はるか高い壁。
首を回しても、途切れることなく続いている壁。
「ここが、ハンターフェスの会場です」
村瀬が壁の傍まで、マイクロバスを寄せて、ブレーキを踏んだ。
既に、何台かのマイクロバスが駐車されていた。
「この壁の奥には、スフィンクスグリドール様の所有する広大な敷地が存在します。そこには、レプリカの町や、山。川など、現実世界と遜色の無い世界が広がっております」
プシュッと音がして、マイクロバスの扉が開いた。
「どうぞ、降りてください」
村瀬に促され、五人はゾロゾロと下車した。
改めて、壁を見る。
「デカイな・・・」
響也が目を細めながら言った。
この壁の奥に、ハンターフェスの会場があると言われても、どこから入ればいいのだろう。
壁には、扉や入口といった類のものが見当たらない。
「こちらでございます」
村瀬が五人に手招きをした。
何も無い壁の前に立った村瀬は、黒い革の手袋をはめ、コツコツと壁をノックした。
すると、壁に長方形状の亀裂が入る。
ズズズズと、石と石が擦れるような音がしたと思うと、壁の一部が下がり、奥へと続く扉が姿を現した。
「では、こちらへ。こちらが、ハンターフェスの会場となります」
第57話に続く
第57話に続く




