第10話 覚醒と決着 その①
僕達は
君の肉を切り開いて糧とする
1
「はっ!!」
目を覚ます。カレンが心配そうに見ていた。
身体中から、冷や汗が噴き出した。自分は一体、どれくらいの時間気を失っていたのか。
時系列の確認をするため、架陰は沼を見た。
まだ、翔太は沼に入ったばかり。沼の粘度に進行を妨げられていた。
約、5秒の失神。
だが、5秒前の架陰と5秒後の架陰の身体には、明確な違いが起こっていた。
「架陰くん・・・、その目・・・」
やっぱりな。
架陰の目は、赤黒く染まっていた。能力発動時に起こる変化だ。
架陰は「すみません」と言って、立ち上がった。しっかりと刀を握りしめる。
(やっぱり、分からないな)
あの夢の中の男は何者なのか。
赤い目で見れば、鬼蛙の興味はすっかり翔太に向いていた。自分の住処を荒らす、不届き者の姿を捉えている。
傷口の痛みが消えていた。ただの麻酔のような作用か、それとも本当に消えたのかは分からないが、動けることは幸いだ。
「行きましょう・・・」
架陰は静かにそう言った。
2
鬼蛙はの巨大な眼球は、沼に入っていく翔太の姿を捉えていた。
なんだ。あいつは?
一体、誰の許しを得て、自分の住処に侵入している?
一体、なんのために、自分の住処に侵入している?
鬼蛙の出した答えは、至って単純だった。
自分の餌を奪いに来たのだ。
先刻沼に踏み入れ、粘液で溶かしてやったあの餌を、あの不届き者は横取りしに来たのだ。
「ぐふぅう!!」
鬼蛙の怒りが頂点に達する。
地面を蹴って、空中に跳躍した。
押し潰してやる。
沼の中心を目指してもがいている翔太の頭の上に座標を合わせ、あとは重量に任せて落下するだけだ。
多少沼の水は波立つだろうが、問題は無い。直ぐに喰ってやる。
「!?」
翔太が、上空から飛来する鬼蛙の存在に気づいた。
「うわああ!!」
思わず、悲鳴をあげて目をつぶる。沼の中では、躱すことも、逃げることも出来なかった。
鬼蛙が翔太を押し潰そうとする、その瞬間。
「待てよ・・・」
何者かが、沼に向かって走ってくる。
ぬかるんだ地面を、強烈な踏み込みで捉える。
一瞬の跳躍で、小さな影が空中の鬼蛙の視界に入ってきた。
「オレが相手だよ」
影が、白銀の刃を一閃する。
パァンっ!!と、乾いた音が響いた。
「くそっ!! 粘液が邪魔だ!!」
架陰が振った刃は、またしても粘液と体表の前に防がれる。
架陰の斬撃に合わせてカレンが発生させた突風が鬼蛙を吹き飛ばし、軌道をずらす。
鬼蛙は翔太を押しつぶすことなく、地面の上に着地した。
同時に、架陰も鬼蛙の目の前に着地。
「さっさと終わらせて貰うよ」
架陰は見境なしに、鬼蛙に斬り込む。
鬼蛙の額に、刀が叩き込まれた。だが、刃が滑り、柔らかい体表が威力を吸収する。
「架陰くんっ!一度下がってぇ!!」
カレンが翼々風魔扇で発生させた、竜巻の槍を放った。
示し合わせたように、架陰がしゃがみ込む。竜巻の槍は、架陰の頭上を通過して鬼蛙の額を穿った。
「ぐふっ!!」
鬼蛙の額から、粘液が散る。
(今だ!)
鬼蛙の防御力は、粘液が無いだけでも格段に変わる。
架陰はすぐ様低い体勢から刀を切り上げた。
赤い血が散る。
「もう一撃!!」
身を捻り、さらに一撃。
鬼蛙の額に十文字の傷がついた。
「ぐふぅぅぅぅぅっっ!!」
怒りと苦痛で、鬼蛙が吠えた。そして、至近距離から架陰に突進する。
「くっ!!」
架陰の反射速度は、0,5秒上がっていた。
直撃しつつも、直ぐに後方に跳んで、その威力を和らげる。
「まだまだ!!」
身体を回転させて鬼蛙の額の上を転がり、鬼蛙の背後に回り込む。そして、その背中に刀を突き立てた。
だが、刃は通らない。
「ちっ!!」
架陰は舌打ちをして、直ぐに跳躍。鬼蛙から距離を取る。
(決定打が足りないな・・・)
カレンの翼々風魔扇があれば、あの粘液は何とかできる。しかし、刃が通っても、あの柔らかくて厚い体表の前では、攻撃が内部に届きにくい。鬼蛙の命に、届かないのだ。
「ならば・・・」
架陰はカレンの横に着地した。
「カレンさん!」
「なあにぃ?」
「オレに、合わせてください」
こんなこと、先輩に言う言葉ではないことぐらいわかっていた。だが、この鬼蛙を攻略するには、どうしてもカレンの協力が必要になる。
しかも、架陰が望む所に、粘液を弾く風が放てるということだ。
カレンはあっさりと頷いた。
「もちろんよぉ」
「お願いします!」
架陰はカレンの方を見ずに、直ぐに駆け出した。前方からは鬼蛙が向かってきている。
一撃とまでは言わない。だが、如何に少ない攻撃で鬼蛙の命を絶つ部位は何処か。
心臓と言いたいところだが、あの体のどこに心臓があるのか分からない。
ならば、狙うのは脳天だ。
(さっきあいつの額につけた十字の傷・・・、あれを何度も狙う!!)
「カレンさんっ!!」
架陰が叫んだ。
その声に、架陰が意図することを全て感じ取ったカレンは、翼々風魔扇を扇いだ。
「了解よぉ!!」
突風が鬼蛙の額に吹き付ける。分泌していた粘液が散る。傷口に染みて、鬼蛙が呻いた。
「はあっ!!」
跳躍して、鬼蛙との距離を詰めた架陰は傷口に狙いを定めて、刀を振り下ろした。
刃が、さらに深いところまでに達する。
「入った!!」
ノコギリを引くように、ぐっと力を込める。
鬼蛙が叫ぶ。
「うおおおおぉんっ!!」
そして、かぶりを振って架陰を払い除けた。
「くっ!!」
まだだ。まだ足りない。
もっと、もっと貫通力が欲しい。
「架陰くんっ!!」
カレンが翼々風魔扇を振った。
超高密度の風が発生する。それは、鬼蛙に吹き付けるわけでもなく、架陰の握る刀の刃の周りを取り巻いて旋回し始めた。
「!?」
架陰の刀が、風属性を帯びる。
竜巻の刀。
「奥の手よぉ!」
これが!
架陰は竜巻が取り巻く刀を中段に構えた。
「【風神刀】!!」
これなら、いける。鬼蛙の命に、この刃が、届く!!
架陰は再び鬼蛙に斬りかかった。
鬼蛙が消化液を放つ。
それを、風渦巻く刀で薙ぎ払う。
「いけぇ!!」
架陰は鬼蛙の額に刃を振り下ろした。
旋回する風が鬼蛙の肉を抉り、中心部の刃が深くまでめり込む。
そして、ガツンと硬い感触が架陰の手に伝わった。
「頭蓋骨!!」
ついに、刃が鬼蛙の頭蓋骨に達した。
これが、最後の難関だ。
架陰は一度刀を引いて、力を込めた。
「一気にかち割る!!」
だが、そうはさせまいと、鬼蛙がなりふり構わず突進した。
攻撃に夢中になっていた架陰は、受身を取れず、体勢を崩して吹き飛ばされた。
「くそっ!!」
さらに言えば、思わず刀を手放してしまう。
(最悪だ!!)
鬼蛙に弾かれた架陰の刀は、鬼蛙の頭上で回転していた。翼々風魔扇の能力は消え去り、ただの刀となっている。
(どうする!?)
このまま落下してくるのを待つか、跳躍して取りに行くか。
落下するのを待っていれば、ここまでの猛激が無駄になる。
跳躍して取りに行くのも、かなりのリスクを伴う。
その架陰の1秒の苦悩の間に、カレンが架陰の横から飛び出した。
「あとは任せてぇ!」
「!?」
カレンが跳躍する。
そして、鬼蛙の頭上で回転する架陰の刀を掴んだ。
「これで、終わりよぉ!」
翼々風魔扇は着物の帯に差し、一瞬で刀を構える。
落下する時の重力と、上半身をひねった時の勢いを利用して、放たれたカレンの斬撃が、鬼蛙の脳天に走った。
「!!」
鬼蛙の頭が真っ二つに割れた。血が吹き出して、辺りに流れ出す。
鬼蛙は叫び声をあげることも出来ず、黒い眼球を混濁させて、絶命した。
ドチャリと、ドロドロの地面に、ただの肉の塊となったUMAが、倒れ込んだ・・・。
その②に続く。
その②に続く




