番外編【真子の奇妙な冒険】その⑥
簡単に言えばメリケン粉
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「四の技!! 【死条京下】!!!」
男が、目にも止まらぬ速さで刀を振った。
琥珀色の光が、無数の刃となって空間を弧を描く。
その、背筋を凍りつかせるまでの凍てつく殺意をもって、私に迫った。
まずい。
殺られる!!
「くっ!!」
私が目を閉じた瞬間、緊迫を打ち破るような爆発音が響いた。
金属音が響く。
「ちっ!!」
男の舌打ちが聞こえたと思って目を開けると、男の刀が空中を舞っていた。
そのまま、私の傍に突き立つ。
「えっ!?」
って、間抜けな声を出している場合じゃない。
私は直ぐに男から距離をとった。
見れば、八坂さんのライフルの銃口から煙が上がっていた。
「さすがに、部下が殺されるのは見ていられないからな・・・」
八坂さんが、引き金を引いて、男の刀を弾いてくれたのだった。
八坂さん、初めて尊敬しましたよ。
「・・・・・・」
男の手からは、血がぼたぼたと流れ落ちていた。八坂さんの弾丸が掠ったのだ。
男はその血まみれの手で、地面に突立つ刀に手をかけた。
「お前ら・・・、なかなかやるんだな・・・」
「やりたくはないよ・・・」
八坂さんが銃口を男に向ける。
「僕達はUMAハンター。人間と戦う趣味なんて持ち合わせていない・・・」
「・・・・・・」
男は押し黙ってしまった。
こいつ、何者だろう・・・。
先程の攻撃を食らって理解した。彼は、ただの人間ではない。
UMAを両断する斬れ味を有する刀。
そして、UMAハンターとして訓練を積んでいる私たちを圧倒する体術。
更には、「【心響流】」という名の技。流派。
「・・・、何者なんスか? あんたは・・・」
「オレは・・・」
男は、学ランのポケットから包帯を取り出して、手に巻き付けながら言った。
「俺の名前は、【心響流】を受け継ぐ者・・・」
そして、とつけ加え、包帯で手のひらと一緒に巻き付けて固定した刀の鋒を向けた。
「この、【名刀・秋穂】の製作者を探している者だ・・・」
「名刀、あきほ?」
聞き覚えが無い刀だ。
だけど、あの斬れ味。
かなりの腕前を持つ【匠】が造ったに違いない・・・。
「おい、赤スーツ」
「椿班だ」
「お前たちは、【一代目・鉄火斎】という男を知らないか?」
「てっかさい?」
誰だ、そいつ・・・?
私たちがキョトンとしていると、男は大袈裟にため息をついた。
「もういい・・・」
刀を鞘に収めると、「チキッ」と、心地よい金属音が響いた。
「オレは、UMAを殺し続ける。この刀の製作者を探し続ける・・・」
そう言って、私と八坂さんに背を向けると、歩いて行こうとした。
「たとえ同じUMAを狩る者だろうと、邪魔をするならオレが斬り殺す・・・」
「待て!!」
八坂さんがライフルの銃口を向けた。
「それは了承できない!! UMAを狩る仕事は、我々UMAハンターの使命だ!!!」
遠ざかっていた男の足が止まる。
首だけで振り向いて、私たちを睨んだ。
「撃ってみろ、直ぐに斬り落とす」
「言ったな・・・」
八坂さんの舌打ちが聞こえた。
次の瞬間、八坂さんのライフルの銃口が火を吹いた。
男は振り向きざまに、刀を一閃する。
ギンッ!!!
火花か弾け、八坂さんの弾丸が真っ二つに切断された。
やっぱり、こいつの剣術、速すぎる・・・。
と、思った瞬間、男の喉の奥からうめき声が発せられた。
「うう・・・」
びちゃびちゃと、液体が滴る音が聞こえる。
「っ!!」
男の右手の包帯から、真っ赤な血液が滴っていた。
先程、八坂さんが負わせた傷からの出血だ!!
「ちっ・・・」
男は苦痛で表情を歪め、片膝を湿気た地面に付いた。
「真子!!!」
「は、はいっス!!!」
八坂さんの言葉に蹴り飛ばされたように、私は男に向かって走り出した。
このまま、男を抑え込む!!!
「舐めるな!!」
男が刀を横に薙ぐ。
それを、上に跳んで躱す。
「終わりッスよ!!!」
そのまま、男の上に覆いかぶさった。
「離せ!!」
「離さないッスよ!!」
遠距離攻撃専用武器の私だって、体術の基礎くらい齧ってるんだ!!
男の体に脚を絡め、背後に回り込むと、腕と肩を締め上げた。
これで、男は動けない!!
「どうッスか!!」
「くっ!!」
男の手から刀が落ちる。
よし、武器は手放した。
あとは、身動きを封じるだけ!!
「離せ!!!」
バタバタと池の鯉のように暴れる。
私は振り落とされまいと、男の背中にしがみついた。
絶対に離さない!!
むにぃ。
「え?」
男の胸部に回した私の手の中に、柔らかい感触が残った。
「えっ?」
今の感触って、もしかして・・・。
むにぃ、むにぃ、むにぃ、むにぃ。
やっぱりこの感触って・・・。
「・・・・・・」
男(?)は、肩をビクッと跳ねさせ、強ばったように固まった。
「・・・・・・」
むにぃむにぃむにぃむにぃむにぃむにぃ。
「いやー、スゴいッスね。これ、本物ですか?」
常日頃、八坂さんに「まな板」とバカにされている私には持っていないもの。
「私も欲しいッスよお」
むにぃむにぃむにぃむにぃ。
「・・・・・・・・・・・・」
男の顔が、みるみると赤くなる。
次の瞬間、男は劈くような悲鳴を上げて振り返った。
「キャアアアアア!!!!」
ぐへっ!!
私は頬をぶっ飛ばされて、男から離れた。
腰を思い切り幹にぶつける。
痛たた・・・。
顔をあげると、男、いや、もう女の子と呼んだ方がいいだろう。
女の子は顔を真っ赤にして、自分の胸を押さえていた。
「あんた、女の子だったんスね」
「う、うるさい・・・」
女の子は地面に落ちた刀を拾い上げた。
「も、もう、私は帰るから!! 絶対に追ってくるなよ!!!」
そう言い残し、全力で走って逃げて行ってしまった。
「おい、あいつ、何があった?」
八坂さんが私の横に立つ。
私は手に残った感触を確かめながら、静かに頷いた。
「簡単に言えば、メリケン粉が詰まってました・・・」
「あ?」
その⑦に続く
その⑦に続くッスよ!!




