番外編【真子の奇妙な冒険】その④
月光に灯す火が
秋穂を焼き尽くす
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「来たぞ・・・」
「はい」
鬼蛙が潜んでいる森の中に、学ランを着た男が入っていくのを見て、私たちは動き始めた。
時刻は、午後六時半。
丁度太陽が山の向こうに沈み、隠密を主軸として戦うUMAハンター達にとっては絶好のコンディションとなる。
私はまず、ロープを括りつけた矢を放ち、後方の壁に突き立てる。
少し体重を掛けてロープを引っ張り、しっかりと鏃がアスファルトの壁にくい込んでいるのを確認すると、そのロープを命綱の代わりにして、スルスルと地面に降り立った。
八坂さんも遅れて降りてくる。
「どうするんすか?」
このまま二人で森に突入するのか・・・、それとも、狙撃手は狙撃手らしく遠くから様子を伺うのか。
八坂さんはライフルに弾を装填した。
「森には入る。だが、対象には絶対に気づかれるな・・・」
八坂さんの、試すような目。
「僕達はプロのUMAハンターだ。気配を消すことくらい、造作でもないはずだ」
「はいっす!!」
私と八坂さんは、気配を消して、森の中に足を踏み入れた。
土の上は足音を吸収してくれる。
だけど、落ち葉や、木の枝は要注意。少し触れただけで、パキパキと音を立ててしまう。
しばらく進むと、八坂さんが私を手で制した。
「ここまでだ・・・」
私は夜目で前方を見る。
約80メートル先に、鬼蛙の住処となっている沼があった。
その目の前に、先程の学ランを身にまとった男が立っている。
「・・・、やっぱり、狩るつもりっすかね?」
「だろうな・・・」
八坂さんはライフルのスコープを覗き込んだ。
八坂さんの【NIGHT・BREAKER】の能力は、【暗闇色覚】。
ライフルを握っている間は、辺りがどんなに暗くても、対象の姿を捉えることができるという優れものだ。
「どうすか?」
私は八坂さんに首尾を聞く。
八坂さんは、「わからん」と言った。
「少し距離がある。男の顔が特定出来ない・・・」
私は指を伸ばして、ライフルにちょこっと触れた。
いつもなら「触るな」と怒る八坂さんだったけど、今日は何も言わない。
直ぐに【NIGHT・BREAKER】の【暗闇色覚】の能力が発動して、私にも暗闇が見えるようになった。
丁度その時、前方の沼で大きな水柱が上がった。
「っ!!」
「きた・・・」
沼から鬼蛙が飛び出して、学ランの男の前に着地した。
ドスンッ!と鈍い音が響き、振動が地面を揺らす。
枝で休んでいた小鳥達がいっせいに飛び立った。
鬼蛙は、「グルルル」と、湿り気のある唸り声をあげると、がま口から胃酸が混じった唾液を吐き出す。
男は、姿勢を低くして、鬼蛙と対峙した。
「何をする気だ・・・?」
その時初めて、私と八坂さんは、男が持っていたものの存在を認識した。
黒く、長い棒状の武器。
日本刀だった。
男は、左手に持った日本刀の柄を握り、すらっと抜く。
月明かりに照らされ、日本刀の刃が、稲のような褐色に輝いた。
「褐色の、刃・・・?」
あまり見たことの無い色だ。
架陰くんの【名刀・赫夜】は白銀。クロナ姐さんの【名刀・黒鴉】は漆黒の刃をしている。
そして、あの男の刀は、【褐色】。
一体、どんな切れ味なんだろう・・・。
鬼蛙が地面を蹴って、男に向かって突進する。
男は、上に跳んでそれを躱した。
勢い余った鬼蛙が、木の幹に激突する。
私は首を擡げて上を見た。
男のシルエットが、月明かりで照らされる。
森の木よりも高く跳んだ男は、空中で刀を構え、上体をグンッと捻った。
遠心力が発生して、男の身体が回転する。
そして、真下にいる鬼蛙へと刃を振り下ろした。
ザンッ!!
という音が響いた瞬間、鬼蛙の額から喉元にかけて赤い線が走った。
ブシュッ!!と血が吹き出して、鬼蛙が真っ二つにされる。
「っ!!」
私と八坂さんは、目を見開いてその様子を見た。
開いた口が塞がらない。
固唾を飲む。
「い、一撃だと?」
「一撃ッスね・・・」
少し、見くびっていた。
UMAハンターのモノマネをして、刀を振り回しているだけの模倣犯かと思っていたけど、かなりの実力だ。
まず、鬼蛙の能力は【粘液】。刀で挑めば、表面のヌメリで一撃を緩和される場合がある。
その圧倒的防御力を誇る鬼蛙を、一撃で両断したのだ。
もしかしたら、あの男、架陰くんやクロナ姐さんよりも剣術に長けているのかもしれない・・・。
「ど、どうするっすか?」
「とりあえず、話しかけてみるか・・・」
八坂さんがライフルの銃口を下げた。
私も唾を飲み込み、学ラン男に向かって歩み寄り始めた。
ざっ、ざっと、わざと足音を立てながら近づいていく。
学ラン男の肩が跳ね、ばっと振り返った。
「誰だ!!」
「UMAハンターだ!!」
八坂さんの口調に力が込められる。
「お前はそこで何をしている!!」
相手を刺激しないように、慎重に近づく。
学ラン男とて人間。そして、日本語が通用するらしい。
なるべく、安全な対話に持ち込むつもりだった。
「消えろ!!」
男の声が響いたと思うと、ブワッと、殺気が近づいてくるのが分かった。
「っ!!」
ギンッ!!!
男は暗闇の奥から間を詰めてきて、八坂さんを襲撃する。
振り下ろした刀を、八坂さんのライフルが受け止めた。
「へえ、お前、いきなり襲いかかるタイプ?」
八坂さんは、刀を受け止めたまま、相手を挑発する。
男は強く踏み込んで、八坂さんを押した。
「直ぐに斬り殺すタイプだ!!」
その⑤に続く
その⑤に続くッスよ!!




