架陰奪還編完結 その③
星星を見る少女と
三日月を見る私
瞳は暗幕を向いているけれど
宿す光は違ってる
3
「ヤア、スバラシイネ・・・」
拍手の音が響き渡ったかと思い振り返ってみれば、そこには身体中に包帯を巻いた男が立っていた。
(あの人・・・!!)
アクアの背中におぶられた架陰の瞳孔が見開かれる。
(悪魔の堕慧児の、親玉・・・!!)
今までの動向と、悪魔やジョセフの言葉から、架陰は不明瞭な結論を抱いていた。
あの包帯男こそが、悪魔の堕慧児のリーダーだと。
その考察は、間違っていない。
包帯男は、笹倉を使役して、架陰をこの施設に拉致した。そして、架陰の【魔影】の能力を奪おうとした。
この目で見たのだから、それは紛れもない事実だ。
「スコシ・・・、ヌカッタヨウダ・・・」
そう言って、包帯男は、自身の顔に巻きついた包帯に手をやった。
スルスルと包帯を解く。
その包帯の下から見えた顔に、一同の視線が集まった。
「あの顔はっ!!」
その男には、顔が無かった。
正確に言えば、顔はある。眼球、鼻、口。
だが、どれも焼け爛れてまともな形状を留めていないのだ。鼻は削ぎ落とされたようにへしゃげ、黒い穴が二つの状態。唇はべろりと剥がれ、骸骨のような歯が覗いている。
そして、目は、乳白色に染め上げられていた。
(黒目が・・・、無い?)
まるで人体模型のような姿をした男は、白目をギョロりとさせて架陰を見た。
「ボクノ目的ハ、キミノ【魔影】ノ能力ヲ手ニ入レルコトダッタ・・・」
その言葉に、架陰は奥歯を噛み締めた。
やはり、あの包帯男は、架陰の【魔影】の能力を狙っていたのだ。
包帯男はあからさまに肩を落とした。
「ダガ・・・、失敗シタヨ・・・」
「失敗?」
あの時。架陰の額に手を伸ばしてきた時に、魔影に弾かれたことを言っているのだろうか・・・。
「マザッテイル・・・」
「混ざる?」
「邪魔ナ男ガイル。サシズメ・・・、悪魔ノ依代ニナッタ【ジョセフ】ダロウケド・・・」
「ジョセフのことを知っているのか・・・」
鑑三が低い姿勢になって男を睨んだ。
「ジョセフガイル以上・・・、ボクハ拒否サレテ、悪魔ノ力ヲ奪エナイ・・・」
(ジョセフさんが邪魔?)
つまり、架陰の【魔影】を奪おうとしているものの、欲しいのはあくまで【悪魔】であり、悪魔にくっついているジョセフは必要ないということか。
(この人・・・、一体何者!?)
すると、突然包帯男の身体がぐらりとバランスを崩した。
瓦礫だらけの床に倒れ込む寸前で、鬼丸が支える。
「大丈夫ですか?」
「アア、アリガトウ・・・」
包帯男は鬼丸に支えられて立っていた。
「時間ガ無イ。デモ、今日ハ奪エナイ」
すると、男は包帯に巻かれた手を挙げ、架陰たちにヒラヒラと振って見せた。
「今日ノトコロハ、退散スルヨ・・・、マタ今度・・・、キミノ能力ヲ奪イニクル」
そう言って、架陰たちに背を向ける。
鑑三と味斗が身構えるのが分かった。
二人とも、目が訴えかけている。
「今倒すべきだ」「今、不穏の根を摘み取るべきだ」と。
だが、その二人の意を読んだかのように、鬼丸が指を鳴らした。
その瞬間、瓦礫の影で身を潜めていた【女郎】が動き始める。
「能力、【鬼蜘蛛】・・・」
悪魔の堕慧児の一人である女郎の能力は、【鬼蜘蛛】。
手から、粘着性の糸を発射することができるのだ。
「っ!?」
死角から白い粘液が飛んできて、鑑三、味斗、アクアの足に命中する。
「これはっ!?」
抜け出そうとするが、糸は強固に瓦礫と固着して身動きが取れない。まるで瞬間接着剤を足に満遍にかけられたかのようだ。
「安心してください。熱があれば直ぐに溶けます」
女郎が瓦礫の影から顔を出した。
「じゃあ、さっさと逃げさせていただきます」
三人の足を止めるという役目を終えた女郎は、すたこらと包帯男と鬼丸の後を追った。
「待て!!!」
待てと言われて待つはずもなく、轟音が響き、崩壊を始める戦場の奥に、三人は消えてしまった。
「追うぞ!!」
鑑三が藻掻くが、女郎の能力で固定された足は全く動かなかった。
「僕が炎を吐きます!!」
味斗がタブレットケースを取りだした。
その時だ。
突然、瓦礫の奥から炎が迫ってきて、三人の足元を焼いた。
「っ!!」
「熱っ!!」
あまりにもの熱さに、慌てて飛び退く。粘着糸は直ぐに溶けて消えた。
ザッザッと、草履で地面を擦りながら、誰かが近づいてくる。
先程の炎は、明らかに殺意のこもっていない攻撃だった。つまり、三人の粘着糸を溶かすための一撃。
ならば、味方か?
土煙が晴れた。
「やあ、こんにちは」
そこに立っていたのは、灰色の着物を着た男だった。穏やかな目をして、髪は女のように長くなっている。
そして、その手には架陰の【名刀・赫夜】が握られていた。
「これ、落ちてたから返しておくよ」
刀をアクアに向かって投げる。
アクアは器用に柄の部分を掴んだ。
何歳くらいだろうか? 二十歳、もっと、三十歳くらいか?
男はニコニコとしながら、アクアの背中におぶさる架陰を見ていた。
「君の刀・・・、【名刀・赫夜】って言うんだね」
「・・・、はい」
殺意は感じなかったので素直に頷く。
「へえ・・・」
その瞬間、男に殺意が宿った。
「その刀を打った刀鍛冶に言っておいてよ。次に会って、またその程度の鈍しか造れないのなら、容赦なく叩き折るってさ・・・」
「・・・!?」
確か、名刀・赫夜の刀鍛冶は、【二代目・鉄火斎】。
言うことだけ言った男は、満面の笑みを浮かべると、くるりと踵を返した。
その背中に声をかける。
「あの!! 貴方は、何者ですか?」
「ボク?」
男が首だけで振り返った。
「僕の名前は、【一代目鉄火斎】だよ」
そう言い残して、鉄火斎は立ち去った。
ゴゴゴゴと、建物全体が軋み始める。
天井が崩れ、数多の瓦礫が降り注いだ。
「脱出だ!!」
鑑三の一声で、三人はいっせいに駆け始めた。
元来た道を戻る。
階段を駆け登り、地下二階にたどり着く。
そこで、倒れている響也と八坂を回収。二人は鑑三が背負った。
階段を駆け登り、地下一階にたどり着く。
そこで、疲労困憊しているカレン、鉄平、山田を回収。三人には走ってもらう。
階段を駆け登り、地上一階にたどり着く。
そこで、疲労困憊しているクロナと真子を回収。二人にも走ってもらった。
「よし!! 全員生きているな!!」
「「「「はい!!!」」」」
クロナは疲弊した身体に鞭を打って走った。そして、アクアの背中に背負われている架陰を見て、ほっとする。
「架陰!! あんた!! よく生きてたわね!!」
「はい、何とか・・・」
桜班、椿班一同が駆ける足音が響き渡った。
思い出したように、鉄平が叫ぶ。
「よし!! 【市原架陰奪還作戦】!! 大成功だぜ!!!」
そう言えばそんな作戦を立てていた。
アクア、味斗、鑑三、架陰、クロナ、響也、カレン、鉄平、真子、山田、八坂。
計十一名。
全員が外に出た瞬間、悪魔の堕慧児がアジトとして使っていた施設は、轟音と共に崩れ落ちた。
山全体にその衝撃が響き渡り、白い砂煙が舞い上がる。
辺りの鳥たちがいっせいに逃げ出し、木の葉を揺らした。
(悪魔の堕慧児・・・)
アクアの背中で揺られながら、架陰は下唇を噛み締めた。
(強かった・・・)
人間とUMAの力を併せ持つ生物。
そして、架陰の【魔影】の能力を狙う謎の包帯男。
奴らとの戦いは、これからも続いていく。
(僕は・・・、もっと、強くならないと・・・)
ふと顔を上げると、クロナ、そして、カレンが架陰の顔を覗き込んでいた。
「なあに、ぼーっとしてんのよ」
「そうよぉ。無事で何よりよぉ」
「はい・・・」
架陰は無理やりに笑って見せた。
「皆さん、ありがとうございます!! 僕を、助けに来てくれて・・・」
「当たり前でしょ!!」
クロナが架陰の頭を叩く。
「あんたは大事な仲間なんだから!!」
「はい!!」
架陰は泣きたくなるような気持ちを抑えて頷いた。
ああ、やっぱり、UMAハンターになってよかった。
こんな素晴らしい人達に、巡り会えたんだ。
自分の危機の時に、命を賭けて助けに来てくれる人。
「さあ!! 帰りましょう!!」
【架陰奪還編】完結
次回より新章【ハンターフェス編】開幕!!




