架陰奪還編完結 その②
烙印を押そう
因果応報
極悪非道
支離滅裂な烙印を
2
まるで深い深い水底から上がってきたかのように、目を覚ました。
身体中が地面にへばりついているかのように重く、脳みそに鉛でも注射されたかのように、視界がぼんやりとしていた。
喉が渇く。今すぐ水を飲みたい。
「あ、目覚ました?」
アクアの声がしたかと思うと、架陰の顔面に冷たい水がかけられた。
「ぷはっ!!」
架陰は弾かれたように上体を起こした。
「何するんですか!!」
「いや、水が欲しそうだったから」
アクアは指先から水を水鉄砲のように発射して、架陰の口に入れた。
架陰は口を開けて必死に水を飲み込む。
「助かりました・・・」
身体が潤った架陰は、頬から垂れる水を拭った。
気を取り直して辺りを見渡すと、そこには、アクア以外に、二人の男が立っていた。
一人は、椿班の戦闘服と同じ赤いスースを身にまとった長身の若い男。年齢は二十代くらい。
もう一人は、椿班の副班長山田よりもがっしりとした肉体を持っていた。ほうれい線が目立つので、四十歳程だろう。
「あの、アクアさん、この人たちは・・・」
「ああ、味斗と鑑三さんね」
アクアは白い指で、若い男を指さした。
「この人が、椿班の総司令官の火村味斗」
もう一人の巨体の男を指す。
「この人が、鑑三さん。今は引退しているけど、元最強のUMAハンターよ」
「はあ、そうですか・・・」
と言われても、あまりピンと来ない。
間の抜けた顔をしていると、アクアが架陰の額を小突いた。
「こら、上司の前なんだから、挨拶をしなさい」
「あ、すみません」
架陰はハッとして、味斗と鑑三に頭を垂れた。
「こんにちは。桜班下っ端の市原架陰です」
普通の自己紹介をしたつもりが、味斗は大袈裟に顔を顰めた。
「なあ、アクア。まさか架陰くんに、【下っ端】の階級を与えているのか?」
「え、そうだけど?」
当たり前のように頷くアクア。
よくよく考えてみれば、椿班の真子でさえ【四席】の階級を与えられているというのに、架陰が【下っ端】なのは納得がいかなかった。
「そんなことより」
アクアは脱線しかけた話を元に戻した。
「架陰、大丈夫だった?」
「大丈夫?」
「あなた、悪魔に操られたでしょ?」
「ああ」
架陰は記憶を辿りながら頷いた。
「はい。大丈夫です。悪魔に身体を乗っ取られた時は、意識を暗闇の空間に持っていかれたんですけど・・・、ジョセフさんっていう優しい男の人が助けてくれました」
「ジョセフだと?」
腕を組んで黙っていた鑑三の眉がぴくりと動いた。
「お前、ジョセフに会ったのか?」
「・・・、はい」
あの魂だけの男を知っているのか?
鑑三、そして味斗とアクアは目を見合わせていた。
「そういう事ね」
アクアは架陰を置き去りにして独り合点をした。
「あの、どういうことですか?」
「なんでもないわ」
アクアははぐらかした。
「そんなことより、さっさとここから脱出するわよ」
そう言われて、架陰は改めて辺りの景色を眺めた。
学校の体育館程の広大な空間だったそこには、架陰と夜行。そして、架陰の身体を乗っ取った悪魔の暴走で、崩壊しかけていた。
壁や床には爪痕のような亀裂が走り、岩盤がめくれ上がっている。細かに建物全体が軋る音が響き渡った。
この建物が崩れるのも、時間の問題だ。
「はい。逃げましょう」
架陰は床に手をついて立ち上がろうとした。しかし、脚に力が入らない。
生まれたての子鹿のようにプルプルとしていると、アクアは何も言わずに架陰を背負った。
「上官に背負われるってどういうこと?」
「すみません」
「まあ、いいわ」
アクアは横目で、瓦礫の傍で蠢いている何かを見た。
「夜行を倒したのは、かなりの功労よ」
瓦礫の隙間からはい出て来たのは、夜行の肉塊だった。まだ完全に再生ができていないおかげで、身体の形を留めていない。
鑑三が肉塊に近づいた。
「夜行。すまないが、お前を回収させてもらう」
そう言って、懐から立方体のキューブを取り出した。
「捕獲キッド」
キューブを肉塊に向かって投げると、手のひらサイズであったそれは巨大化して、ボックス状の牢屋へと変形した。
肉塊が牢屋の中に封じられる。
すると、再び小さなキューブに戻った。
「便利ですねー」
それを見ていた味斗が感心した声をあげた。
「まるでポケモンのモンスターボールじゃないですか」
「それを参考にして制作したからな」
夜行は夜行を封じ込めたキューブを拾い上げる。
「夜行の再生能力は、【回復薬】の製造に役に立つ。不本意だが、夜行にはこれからも実験に協力してもらう・・・」
そう言って、キューブを懐にしまおうとした時だ。
まるで突風のような気配が近づいてきたと思うと、鑑三の手から、キューブが消えた。
「っ!?」
鑑三はキューブを奪った者の方に目を向ける。
そこには、先程、Bチームの響也と八坂と対峙していた、侍の着物を身にまとった男が立っていた。
「悪いな。夜行の再生能力は我ら【悪魔の堕慧児】にとっても有益」
侍姿の男、鬼丸はそのままキューブを袖に入れてしまった。
「返せ!!!」
鑑三が鬼丸へと襲いかかる。
鬼丸は刀の柄に手を掛けて引き下がった。
「悪いが、こちらの損害が大きすぎる。今、貴様と戦うのは気が引ける・・・」
鬼丸は柄に手をかけているものの、決して抜こうとしなかった。
悪魔の堕慧児は、かなりの損害を被っている。唐草に、笹倉。狂華に女郎。全て、UMAハンターたちに討伐された。残るのは鬼丸のみ。
(ここは、夜行の回収だけを優先するしかないか・・・)
その時だ。
パチパチパチパチパチパチと、鈍い拍手の音が辺りに響き渡った。
音のした方に、一斉に視線が注がれる。
「ヤア、スバラシイネ・・・」
そこには、包帯男が立っていた。
その③に続く
その③に続く




