第9話 架陰とカレンの共闘 その③
風ノ神曰く
「天帝ノ碧眼ヲ以テ我ガ堕獄二帰ス」
雷ノ神曰く
「極狼ノ白牙ヲ以テ我ガ銘ヲ天廻ス」
4
傷口から血が流れ落ちる。手で押えても、止まらず、生暖かい感触が掌に残るだけだ。
「ちょっと待ってねぇ」
カレンは架陰を抱き抱えたまま、地面を蹴って跳躍した。
高さ10メートル程の木の枝に着地する。
「止血をするわぁ」
カレンは架陰の刀を借りると、自分の羽織の袖を細く切り取った。
「本当は・・・、ここに『桜餅』を持っていたら食べさせていたんだけどぉ・・・」
よく分からないことを言いながら、架陰の肩に、腹に羽織の切れ端を巻き付けた。
「・・・ありがとうございます・・・」
締め付けられる度、架陰は小さく呻いた。申し訳なかった。カレンの羽織を裂く事になるなど。
「これで大丈夫よぉ」
応急処置をしたカレンは、ポンと架陰の頭を撫でた。
相変わらず血が滲み、痛みが走っていたが、かなりマシになった。
「もう一度行きましょう」
架陰は再び刀を握りしめる。
「大丈夫? いけるぅ?」
カレンは心底心配そうに首を傾げた。
「大丈夫です。行きます」
退いている暇など無かった。鬼蛙は、今ここで倒さないとならない。
架陰は枝から飛び降りた。
カレンは「心配だわぁ」と言いながら、架陰に続く。
二人が地面に降り立つ。
仕切り直しだ。
そうやって架陰が自分の刀と腕に気合いを入れ直した時だ。
「お待ちください!!」
突如、森の中に西原の静止を求める声が響き渡った。
「!?」
何事かと思い、声のした方をみる。
「お待ちください! 翔太様!!」
西原が何かを追いかけて走っている。
その先には、翔太がいた。
「はあっ! はあっ!!」
翔太は、一心不乱に走っていた。足に泥が散ろうがお構い無し。転けて、顔面から地面に突っ込んでも構わない。
ひたすらに、あの、沼に向かって走っていた。
「僕が助けるんだ!!」
翔太の目に映っていたのは、沼の中心部に浮かぶ白い玉。翔太の友人が捕らえられているものだ。
架陰は知っていた。あの玉・・・、球の中には、溶かされた死体が入っているということを。
カレンが小さなため息をついたのが聞こえた。
「無理よぉ・・・、あれは鬼蛙の『保存食』。予め、消化液と粘液で作った膜に閉じ込めて、食べる時にはドロドロに溶けているわぁ・・・」
翔太は迷わず、沼の中に入っていく。
「死んでいるのはわかってる!!」
直ぐに足を取られて、身体が数十センチ沈んだ。
「だけど、友達なんだ!! せめて、骨だけでも!!」
翔太は、そう言い放った。
友達なんだ。
(友達・・・!?)
それは、翔太の何気ない一言だった。ただ、友達を助けたい。その想いを口にしただけのことだった。
なのに、その、『友達』という単語が、一直線に架陰のもとへ飛んできて、彼の胸を穿った。
身体中がカッと熱くなる。
(なんだ? この感じ・・・)
身震いする。
頭の中で、ひたすらに何かが破裂する音が響いた。
パチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチンパチン・・・
その音に混ざって、誰かの声が、翔太の声と重なって聞こえた。
『『友達なんだ』』
ズキンっと、架陰の頭が割れるような痛みに襲われた。
「くっ!」
ふらふらとその場に跪く。
カレンが架陰を支えた。
「架陰くん!? やっぱり無理をしない方が・・・!」
「い、いえ、大丈夫です」
これは、傷口の痛みではない。
(心の、痛み)
どうして、今それが起こったのかは分からない。だが、トリガーはあの、翔太の「友達なんだ」という言葉。
あの言葉が、架陰の心に指を入れて、無茶苦茶に掻き回しているのだ。
「ぐあああ!!」
頭がさらなる激痛に襲われる。ズグンッ、ズグンッと、鈍器で殴られるような痛みが一定のリズムを刻む。
(痛い痛い痛い痛い痛い!!)
そして架陰は、約5秒間の間、意識を失った。
5
「はっ!」
目を覚ますと、また、暗闇の中に立っていた。
架陰はこの空間にこれまで二度来たことがある。そのため、ここが夢の世界だと言うことも理解出来たし、驚きもしなかった。
「何の用ですか?」
架陰は目の前に佇む、黒いスーツ姿の男を睨んだ。
「僕は、早くカレンさん達のもとに戻らないといけないんですよ」
黒スーツ男は、切れ長の目とは似合わない、おどけた笑みを浮かべた。
(いやぁ、ごめんね。僕も君を呼ぶつもりはなかったんだ。あの鬼蛙というUMAなら、僕の力を借りずとも倒せたからね)
「じゃあ、何故・・・」
架陰は男の言う、『力』の存在を理解していた。
この夢でこの男と遭遇すると、目が覚めた時、架陰は身体の変化を感じさせられる。
視界は夜を駆ける木菟のように明瞭で、辺りの光景は、スローモーションをかけたように遅く見える。
(緊急事態だった。あの、翔太っていう男の子が、君の記憶を、呼び覚まそうとしたたからねぇ)
「呼び、覚ます・・・?」
架陰は身体中が総毛立つのを感じた。と言っても、夢の中なのでその感覚は不確かだが。
「僕に、『何か忘れている記憶』があるとでも言うんですか?」
(それは答えられないなぁ。少なくとも、今は言えない)
男は、細い唇に、細い指をやって沈黙を表現した。
(だから、さっさとこの戦いを終わらせておくれ。じゃないと、あの男の子、死んじゃうよ?)
その瞬間、架陰は何か強烈な力に引っ張られた。
「!?」
第10話に続く。
次回予告
架陰「あなたは一体誰なんですか?」
???「さあ、誰でしょうね」
架陰「その黒いスーツは何か関係あるんですか?」
???「おしゃれだよ」
架陰「まるで、悪魔みたいな人ですね」
???「それ、最高の褒め言葉だよ」
架陰「あなたは、味方ですか?」
???「安心して。その質問に関しては、『YES』だ」
架陰「・・・」
???「次回、第10話・・・、『覚醒と決着』」
架陰「お、お楽しみに」




