精神の激闘 その③
モヘンジョダロの夢を見る
ヴォイニッチ手稿に描き示す
アトランティスの最期を
3
(おのれ!!!)
悪魔は氷漬けにされたまま歯軋りをした。
身体が動かない。魔影も発動出来ない。
精神の片隅に追いやったはずの架陰が、自分が劣勢に陥り、弱ったのを見計らって、精神の中で暴れているのだ。
(あいつにそんなことできるはずがない!!)
架陰は今日、初めて身体を乗っ取られたのだ。自分の身体を乗っ取った精神に対抗する精神の強さなど持ち合わせているはずがない。
だが、そのありえない現象が、実際に起こっている。これは、紛れもない事実なのだ。
(くそっ!! ジョセフの入れ知恵か!!)
ジョセフ。
十年前に悪魔が依代とした人間だ。悪魔が討伐され、精神となった今でも、コバンザメのように悪魔にくっついてきて、悪魔の力を抑制する忌々しい存在。
さしずめ、ジョセフが、架陰に入れ知恵をしている。悪魔が弱ったタイミングを見計らって、外へと出るための抵抗をしようとしている。
「っ!!」
氷越しに、鑑三が接近してきた。
防御することが出来ない。
鑑三が放った拳が、悪魔を覆う氷の塊に直撃した。
ドンッ!!!!と、氷が粉々に砕け散り、悪魔の腹に直撃する。
「がはっ!!」
大ダメージだ。
悪魔は吐血した後、吹き飛ばされる。
壁にぶつかり合い、大きな土煙を上げた。
(しめた・・・)
この煙幕の中では、お互いに居場所を探れない。先程のように、空中で魔影を展開させれば、足音を立てずに脱出できるはず。
だが、鑑三の一撃でさらに弱った悪魔の身体は、さらに制御が出来なくなった。
(くそ、調子に乗りやがって・・・)
内側から、自分の身体を取り返そうと抵抗する架陰の力が強くなる。
(悪魔!! 僕の身体を返せ!!)
(返さん!!)
悪魔は架陰の精神の支配を押しのけると、ふらつく身体に鞭を打って立ち上がった。
だが、それ以上動くことが出来ない。
煙が晴れる。
「どうした? もう抵抗はやめたのか?」
鑑三がゆらゆらと近づいて来た。
悪魔は声を出すことも出来なかった。
「その身体、存外使いにくいようだな・・・」
「・・・!!」
鑑三は全て見抜いていた。悪魔が取り憑き、身体を奪ったはずの架陰が、悪魔に必死に抵抗しているのだと。
悪魔に一歩、また一歩と踏み出しながら、「頼むよ」と心の中で懇願した。
(もう少しだ。もう少しで奴は逃げ出す。我々の任務は、君の救出なんだ・・・)
悪魔の精神の中のどこかにいるであろう架陰の声は聞こえない。
「うおおぉああああ!!!!」
悪魔は地の底から響くような声でそう叫んだ
架陰の精神での暴走を無理やり抑えつけ、自我をとりもどす。
「殺す!!!」
手刀の周りに魔影が集結して、漆黒の刃と化した。
それを、三人に向かって斬撃状に変形させて放った。
「【悪魔大翼】!!!」
放たれた黒い斬撃は、先程とは打って変わって小さく、威力も大した力を持たなかった。狙いも外れ、三人がたっていない場所に直撃して爆風を巻き起こす。
アクアと味斗は服の袖で覆って吹き付ける風を防いた。
「どういうことだ?」
「明らかに、さっきよりも威力が落ちてる!!」
ここで三人にも、悪魔の様子がおかしいことを勘づかれた。
(ちっ!!)
悪魔は地面を蹴る。
(早くこいつらから逃げないと!!)
悪魔は逃亡を選んだのだ。
この状態であの三人と対峙していては、敗北して再び精神の片隅に追いやられることは目に見えている。
それだけは嫌だ。
十年前、アクアたちに敗北してからずっと、架陰の身体の中に身を潜め、復活の時を望んでいた。
そして、復活に成功したのだ。
完全な力を取り戻せば、こんなものでは無い。アクア、味斗、鑑三の三人に圧倒などされない。
(早く逃げねば!!)
だが、地上へと逃げるために飛び出した悪魔の体は、一瞬で制御を失った。
「行かせない!!」
架陰の声が耳元で響く。
「おのれ!!!」
再び身体が硬直した悪魔は、高い位置から、瓦礫だらけの床に墜落した。
ザッザッと、アクア、鑑三、味斗が近づいてくる。
「どうやら、もう動かないらしいな・・・」
鑑三が勝ち誇った顔でニヤリと笑った。
実際に、三人は勝っていた。もう、悪魔は動くことができない。
詰みであった。
「おのれ!!!」
悪魔は動けない身体のまま叫ぶ。
その瞬間、悪魔の爬虫類質の体表が、ボロボロと崩れ始めた。
まるで卵の殻が割れるかのように、皮膚が剥がれ落ち、中から人間の肌が姿を見せる。
「終わりだね」
味斗がふっとため息をついた。
悪魔の意識が、再び地中深くに吸い込まれていく。
代わりに、架陰の意識が水面に上がっていく。
「お、の、れ・・・」
そうして、悪魔の魂は再び架陰の中に封じ込まれた。
架陰は、自分の身体を取り戻したのだった。
第55話に続く
第55話に続く




