【第54話】精神の激闘 その①
「天使が舞い降りて来るみたいだね」
と君が言うから
「そうだね」
と言って
その小さな頭を撫でたんだ
1
「あれ?」
架陰は目を覚ました。
ふわふわとする浮遊感の中、おもむろに上体を起こす。
辺りを見渡すと、そこは闇の中だった。
「あれ、ここは・・・」
架陰はこめかみに手を当て、記憶を辿った。
確か自分は、夜行との激闘に打ち勝ち、夜行を戦闘不能に陥れた。
だが、次の瞬間に、架陰の精神の中に住み着く悪魔に、身体と意識を乗っ取られたのだ。
そうして、今に至る。
「やられたなぁ」
架陰は腕を組み胡座をかき、頭を抱えた。
ふと、顔を上げると、目の前に、架陰と同様の格好をした、スーツの男が座っていた。
悪魔同様に、架陰の精神の中に住み着く男。確か名前は、【ジョセフ】と言ったはずだ。
「あの、ジョセフさん?」
「やられたな」
ジョセフの不機嫌な目が架陰を見た。
「まさか、悪魔があのタイミングで外に飛び出すとは思わなかった・・・」
もう一度説明するが、【悪魔】という名のUMAはには、実体がない。そのため、悪魔が実体化しようとした場合、【依代】が必要なのだ。
現在、現実世界でアクア、味斗、鑑三と激戦を繰り広げている悪魔は、つまり、架陰を依代として実体化したもの。
ちなみに、目の前のジョセフは、十年前の悪魔の暴走で依代にされた人間だ。悪魔が討伐された後、悪魔と精神が融合してしまったらしい。
ジョセフはぺこりと謝った。
「済まない架陰。完全に油断していた・・・」
「どういうことですか?」
自分には、悪魔に精神を乗っ取られる意味が分からない。
ジョセフは人差し指を唇に押し当て、声を押し殺して説明した。
「いいかい。簡単に説明すれば、君の体には、二人分の魂が宿っていると言っていい。僕、【ジョセフ】と、【悪魔】。悪魔は、常に実体化を試みて、君の精神の中で暴れる。僕は、君を護るために悪魔の力を封じ込めている。これで、君の中の均衡が保たれているんだよ」
「じゃあ、悪魔が僕の意識を奪ったのは、その均衡が破れたから?」
「そうだね。【魔影】の能力は、僕の【影】の能力と、悪魔の【悪魔】の能力が融合したものだ。つまり、発動すると、悪魔の力も一時的に解放されることになるんだよ。その力は、壱式、弍式、参式と数を追うごとに増加する。つまり、悪魔は自由になるんだ・・・」
だんだんと理解できてきた。
つまり、架陰が【魔影・参式】を発動させ、一時的に悪魔の力を解放したから、悪魔が架陰の意識を奪うまでに力を増強させたのか。
「元に戻る方法は?」
架陰は身を乗り出して尋ねる。
ジョセフは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「なかなか言い難いけど、分からない・・・」
「分からない?」
「うん、悪魔の支配から逃れた人を見たことがない。前例がない。僕だって、十年前に悪魔の支配を逃れることは出来なかったんだ・・・」
じゃあ、一生このままなのか?
絶望に足元が竦んだ。まあ、闇の中だから足元は無いのだが。
「これは僕の憶測だけど・・・」
そう言って、ジョセフは元に戻る方法を考察し始めた。
「悪魔は、自分の力が強くなった瞬間を見計らって、架陰の意識を乗っ取った。つまり、僕達も同じことができるんじゃないか?」
「そんなことできるんですか?」
「架陰には力がない。基本的には、悪魔には及ばないだろうから、無理だろうね」
「そんなぁ・・・」
「だけど、周りに協力者が居れば話は別だよ」
「協力者?」
「うん。つまり、悪魔化した君を止めようとする者たちだ」
そういうと、ジョセフは目を閉じ、耳を済ますような格好をした。
「感じる。十年前、悪魔に依代にされた僕を助けてくれた恩人たちの気配が・・・」
ジョセフの脳裏に浮かぶのは、十年前、悪魔の目を通して見た五人のUMAハンターの姿。
その内の二人が、すぐ近くにいる。恐らく、悪魔化した架陰と戦っている。
アクア。
そして、味斗。
「ヒカルと風鬼、平泉は来ていないようだけど・・・、十分対抗できる。あと、鑑三もか・・・」
ジョセフは胡座をかいた膝をパンっと叩いた。
「あの三人なら、必ず悪魔を弱体化させてくれる。その隙に、君は奪われた意識を取り戻せ! 」
※
そして、現実世界。
「終わりだ!!」
鑑三の放った蹴りが、悪魔の顔面に直撃した。
ゴリッと鈍い音がして、悪魔の顔、正確には架陰の顔が歪んだ。歯の二、三本が砕ける。
「おらあっ!!」
そのまま地面へと叩きつける。
床に蜘蛛の巣状の亀裂が入り、悪魔の身体がめり込む。勢いのあまり、辺りの岩が隆起した。
(どうだ?)
鑑三は祈る。もう起き上がってくるな。と。
だが、悪魔は手をついて立ち上がった。
「おのれ!!!」
直ぐに折れた骨や抉れた肉が再生する。
切り返して反撃しようとした瞬間、悪魔の身体を大量の水が包み込んだ。
「いい加減!! 架陰を手放しなさいよ!!!」
アクアの【水】の能力だった。
悪魔は諦めない。悪魔は執着が深い。
右手で手刀を作ると、そこに魔影を纏わせた。
「【魔影刀】!!!」
魔影を纏った手刀を一閃し、アクアの水の束縛を斬り飛ばす。
「絶対に・・・、ワシは死なん・・・。もう二度と、貴様らには負けはしない!!!」
激闘は続く。
その②に続く
その②に続く




