魔影・陸式 その③
蛞は蛙の子
膾の孫ではありません
それの何より証拠には
軈て手が出る足も出る
3
扉が勢いよく蹴破られ、奥の廊下から、筋肉隆々の男が飛び込んできた。マントを纏い、頭は刈り上げられ、鷹のような眼光が、前方に佇む悪魔を睨む。
かつて、【最強】の称号を得た、鑑三という名のUMAハンターだった。
「鑑三さん!!!」
鑑三の登場に、アクアと味斗が顔を明るくした。
鑑三もまた、アクアと味斗を見て、ニヤリと笑って見せた。
「久しぶりだな、アクア、味斗!!!」
三人の集結を見て、悪魔は舌打ちをした。
「まさか、鑑三まで来るとはな・・・。これでは十年前と同じじゃないか・・・」
架陰の身体を乗っ取った悪魔は、架陰の目を通して、三人の邪魔者を見た。
桜班総司令官、【アクア】。かつて、アメリカに出現した目次録の獣を討伐したUMAハンターの一人。
椿班総司令官【味斗】。彼もまた、アメリカに出現した目次録の獣を討伐したUMAハンターの一人。
そして、【鑑三】。
彼の再登場が想定外だった。
「貴様・・・、腕は治ったのか?」
悪魔が挑発するように言う。
鑑三はマントを翻し、ツギハギだらけの腕を見せた。
「このとおりだ」
「クククク・・・、十年前、ワシが綺麗に切断してやったと言うのに・・・」
「その頃から、オレは夜行の肉を使って、【回復薬】を作ることを研究していたからな・・・。その技術を応用すれば、貴様に切り落とされた腕など簡単に治った・・・。いまでは、【能力】も使える」
鑑三は、元は、先程悪魔が肉片にしてやった夜行と同じ班のUMAハンターだった。
だが、奈良でモケーレムベンベと呼ばれるUMAの出現により、夜行が謀反を起こし、その責任をとってUMAハンターを辞めた。
隠居して、研究を続けているのかと思えば、まさかこんな所までやってくるとは・・・。
「クククク、長話はもういい」
悪魔は、鋭い爪をバキッと鳴らした。
「ワシの目的はただ一つ。十年前、ワシを殺した貴様らに復讐することだ・・・」
「へえ、復讐ね」
それを聞いた味斗が一歩前に出て、ニヤリと笑った。
「悪魔も随分と肝が小さい奴になっちゃったね。十年前は散々、『世界を闇に沈める』なんてことを言ってたのに・・・」
「口の利き方に気をつけろよ。味斗。ジョセフに簡単に敗れた貴様が、ジョセフを依代にしたワシに勝てると思っているのか?」
「思ってないよ」
あっさりと頷く。
「一つ言わせてもらえれば、君は、十年前より弱くなっているよね?」
「クククク、そうだ」
「そりゃそうだ。十年前は、復讐に囚われたのジョセフを依代にした。でも今回は、復讐に囚われない、心優しき架陰くんを利用している。力が出ないのは歴然としているよ」
「本当にそうか?」
悪魔は黒い手のひらを味斗に翳した。
味斗が身構える。
手のひらの先に、魔影がより集まり、黒い塊と化した。先程、夜行を吹き飛ばしたものと同じものだ。
「ワシが本気を出せば、貴様らを殺すくらいの力はあるんだぞ?」
「参ったね、どうも・・・」
味斗は額に冷や汗を浮かべたまま後頭部を掻いた。
アクア、そして鑑三が味斗の横に立つ。
「味斗、ここは連携といきましょう・・・」
「大丈夫だ。力を合わせれば、悪魔を止められる・・・」
アクア、味斗、そして鑑三は、十年前に悪魔を討伐するために協力した者たちだ。十年経った今でも、その連携の技術の高さは色あせていない。
三人は即興で、陣形を組んだ。
前列に備えるのが、近距離型の能力を持つ【鑑三】。
中列が、中距離型の能力の【アクア】。
そして、後列が、遠距離型の能力を備える【味斗】だった。
その陣形を見て、悪魔は「懐かしいな」と呟いた。
「思い出す。十年前。ワシを殺した陣形だ。最も、あの時は前列にヒカルと風鬼も立っていたがな・・・」
「ああ」
鑑三が身体に力を込める。バキバキの筋肉が隆起して、鑑三の体格が一回り大きくなった。
「お前を倒せる陣形だ・・・」
その言葉を合図に、三人の【市原架陰奪還作戦】及び【悪魔討伐作戦】が開始された。
先陣を切るのは鑑三。
床が砕けんばかりの力で踏み込み、悪魔へと変貌した架陰に近づく。
「消えろ」
悪魔が魔影の塊を放つ。
触れれば、爆弾に匹敵する衝撃波が発生する魔影だ。まともには受けられない。
「能力【蓄積】発動・・・」
鑑三は走りながら能力を発動させた。
飛んでくる魔影の塊に拳を放つ。
ドンッ!!!!
と、衝撃波が放たれるはずだった。
だが、魔影は炸裂することなく、空気に溶け込むようにして消えた。
「何?」
悪魔の声に動揺が混じる。
(ワシの魔影を、相殺した? いや、違うな・・・)
考えている隙に、鑑三が悪魔の懐に潜り込んでいた。
「貰ったぜ。お前の【衝撃】・・・」
その瞬間、先程魔影と接触したはずの右拳を、悪魔の黒光りする筋肉質の腹にねじ込む。
「【衝撃波】!!!!」
ドンッ!!!!
鑑三の大きな掌から放たれた衝撃波が、悪魔を吹き飛ばした。
「っ!?」
「オレの能力は、【蓄積】。空間上に発生する運動能力を、任意の量、別の物質に蓄積することができるんだ。ちなみに、今、貴様の衝撃波は、オレの筋肉に蓄積しておいた・・・」
第53話に続く
【火村味斗】・・・椿班総司令官の男。アクアとは同期であり、共に世界を救った一員である。このことについては、いずれ【UMAハンターヒカル】の方で書く予定。
能力は【味】の実態化である。例えば、フリスクのような辛いものを舌に当てると、舌がそれを「熱」として認識し、炎に変換する。つまり、火炎を吐くことが可能。




