【第52話】魔影・陸式 その①
親殺しとはこのことか
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架陰の全神経全力を注ぎ込んだ一撃、【悪魔大翼】が夜行に命中した。
その威力は凄まじく、建物の至る所に亀裂が入り、崩壊を予見する轟が響いていた。
夜行の姿が見当たらない。
(消し飛んだのか・・・)
架陰の手から名刀・赫夜がすり抜け、カシャンと音を立てて、残骸と化した床に落ちる。
もう、腕が動かない。
魔影は、精神力はもちろん、衝撃波に耐える筋力も消耗する。
頭の痛みと筋肉の弛緩で、立っているのがやっとだった。
架陰は、周りに目を向けた。
高いところから自分たちの戦いを見守っていた何百人もの悪魔の堕慧児たちは、戦いの飛び火に耐えかね、そのほとんどが逃げていた。
残ったのは、あの包帯男と、侍の格好をした男だった。
何を思っているのか全く分からない。ただ、破壊の限りを尽くしたこの戦場を、じっと見ていた。
その時、架陰の前方の瓦礫が、ガラッと動いた。
小石が転がり落ちる。
「っ!!!」
瓦礫が弾け、中から人の右腕が飛び出した。
地面に落ち、ビチビチと魚のように跳ねる。
腕の断面が再生を開始した。
まずは肩。そして、鎖骨に、首、仕上げに頭。
胸から上だけが回復した夜行は、「ちくしょうっっっ!!!」と、悔しさを滲ませた。
「くそっ!! くそっ!!! 再生が追いつかねぇ!!! 再生できないくらいに壊された!!!」
その様子を見て、架陰は安堵の息を吐いた。
あれなら、もう襲ってくることも無いだろう。
夜行は、身体の八割を欠損した状態で暴れ回った。
「くそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそくそ!!!! てめぇ!! こっちに来い!! 今すぐ再生して!! 首を刎ねてやる!!!」
夜行は、両腕を地面につき、押し返す反動で架陰に飛びかかった。
「くっ!!」
架陰は力を振り絞って魔影を発動させると、夜行に魔影を当ててはじき返す。
下半身のない夜行は、受け身を取れず、硬い地面にドチャッと落ちた。
「だあああ!!!! てめぇ!! 悪魔コノヤロウ!!」
バタバタと暴れる。
「悪魔!! てめぇ!! なんで人間に味方してやがる!!! おかげでこのザマだ!! なんで二度もお前にこんな屈辱を受けなきゃならねぇんだよ!!!」
「・・・、二度も?」
やはり、夜行と、架陰の心の中に住み着く悪魔とは、十年前に因縁があるようだ。
「十年前に殺されてから!! ずっとSANAの研究施設で実験に使われてたんだぞ!! 死んでも死ねないんだよ!! その苦しみがお前に分かるのかよおっ!!」
そう言えば、夜行は、SANAの研究施設で実験体にされていたらしい。それを、悪魔の堕慧児である笹倉が盗み出し、自分たちの手で蘇生させた。
「くそっ!!! てめぇを引きずり出そうとしたのによおっ!! 失敗だ!!! 結局、架陰が力を使いこなして終わりじゃねぇか!!!」
夜行の言葉に触発され、架陰は、先程包帯男が放った言葉を思い出した。
「力を、奪えない」
(力を奪えないって、どういうことだ?)
包帯男は、さっき、架陰の頭に手を伸ばしてきた。指先が額に触れる直前に、魔影の衝撃波のようなものが発生して、男を拒絶した。
男はあの時、何をしようとしたのか・・・。
今となって、分かる気がした。
(まさか、あの男は、僕の【魔影】を奪おうとしたのか・・・?)
そう考えた時、架陰の頭の中で、悪魔が囁いた。
「ソウダ、アノ包帯男ハ、オマエノ能力。イヤ、ワシノ力ヲ狙ッテイル」
「力を狙っている?」
架陰は夜行から目を離さないまま、心の中で悪魔と対話した。
「アア、オソラク、ヤツラノ目的ハ、悪魔ノ復活ダ・・・」
「悪魔って、君のことかい?」
「ソウダ・・・、オソラク、アノ包帯男ガ依代トナッテ、ワシヲ甦ラゼルツモリダッタンダロウナ・・・」
「じゃあ、君にとっては、僕が夜行に負けて、あの包帯男に君を吸収させた方が都合がいいんじゃないか?」
架陰が真理を突いたことを言うと、悪魔は「悪意」に満ちた笑みを浮かべた。
「マサカ・・・、ワシハアノヨウナ得体ノ知レナイ男ヲ依代ニスルワケガナイダロウ・・・」
「えっ?」
その時、架陰の身に異変が起こった。
治癒した心臓がバクンと跳ね、足元から頭の先にかけて、寒気が走る。
「・・・!?」
足が一歩前に出た。
「えっ・・・!?」
今、架陰は自分の体に、「前に出ろ」なんて命令はしていない。
体が、勝手に動いたのだ。
「・・・!?」
心音が大きく、速くなっていく。
「体が・・・、勝手に!?」
また一歩、夜行の方へと踏み出した。
落ちていた刀を拾い上げる。
「悪いな、架陰、お前の身体、乗っ取らせてもらった・・・」
その②に続く
その②に続く




