【第51話】悪魔大翼 その①
日輪煌煌として砂塵漂う
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「肉爆弾!!!」
夜行が叫んだ瞬間、架陰の手に巻きついた夜行の腕が破裂した。
その勢いで、架陰の右手首から先が吹き飛び、肉片となって辺りに飛び散った。
「ぐっ!!」
架陰は奥歯を噛み締め、激痛に耐えると、夜行から距離をとる。
右手が吹き飛ぶ痛みなど、心臓を握り潰される痛みの比ではなかった。
右手を失くしたまま、落ちた刀を左手で拾う。
(もっとだ・・・!!)
架陰の意識は、まるで崖から落下するように、深淵へと向かっていた。
見えなくなる。周りの光景が。
聞こえなくなる。周りの歓声が。
見えるのは、夜行の姿。
聞こえるのは、夜行の声。
(もっと、意識を、夜行に!!)
夜行と戦うことだけを考えろ。
夜行を倒すことだけを考えろ。
「イヒヒヒヒヒヒヒヒヒ!!!」
夜行は引きつった笑みを浮かべ、腕を伸縮させて架陰に攻撃を仕掛ける。
架陰は、左手の刀で腕の触手を弾いた。
「っ!!!」
「ひひひひひ!!!」
夜行は化け物だった。
元人間の化け物。モケーレムベンベの肉を食い、超速再生能力と、化け物の心を手に入れた者。
御伽噺に登場する鬼は、侍や勇敢な村人に殺される。
だけど、架陰は、侍でも勇敢な村人でもない。
悪魔に魅入られた、最も「化け物」に近い人間だ。
化け物は、人間では殺せない。
化け物は、化け物で殺せる。
夜行を倒すためには、架陰すらも、化け物の道を歩まなければならなかった。
「っ!!!!」
架陰は奥歯が砕けるくらいの力で踏み込んだ。
夜行の振り回す腕を抜け、夜行の懐に潜り込む。
(僕は、化け物にならなければならない!!)
夜行ニヤッと笑い、伸縮していない右手を架陰の首筋に振り下ろした。
それを、架陰は左手の刀で防ぐ。
(でも、僕は人間でありたい!!)
踏みとどまれ。
化け物と人間の境界線を。
(悪魔と人間の、境界線を!!!!)
その瞬間、架陰は身を乗り出して、夜行の首筋に噛み付いていた。
「っ!?」
無我夢中で夜行の肩の肉に歯を食い込ませる。
ズブッと、架陰の歯が、夜行の肉を削いだ。
「てめぇ!!」
夜行が至近距離から架陰の腹を殴り、吹き飛ばす。
架陰の歯は、しっかりと夜行の肩の肉を食いちぎっていたのだ。
(やった!)
架陰は、食いちぎった夜行の肉片を、さらに強い顎の力で噛む。
グチグチ、グチグチ。
グチグチ、グチグチ。
口の中に、苦い血の味が広がった。吐き気を催したが、それを必死に堪え、喉の奥に流し込む。
「ふう・・・」
その瞬間、架陰の心臓が脈を打つ。
ザワザワと、吹き飛ばされた右手首の断面が細胞分裂を開始して、綺麗な右手が生える。
その様子を見て、夜行は舌打ちをした。
「てめぇ、オレの肉で回復しやがったか・・・」
「なかなか、まずかったよ・・・」
架陰は刀を右手に持ち替えて、ニヤリと笑った。
(思った通りだ・・・)
UMAハンター達が負傷した時に使用する【回復薬】は、夜行の細胞が利用されている。つまり、夜行の肉自体に再生能力があると踏んだ。
賭けだったが、架陰の右手は再生した。
しかし、化け物とはいえ、【人間の肉】を食べたのだ。架陰の腹には、なんとも言い難い不快感が残っていた。
夜行が怒号を上げて、架陰に迫った。
「いい加減!! 死ねやあっ!!!」
先程の一撃で、夜行の剣は切断済み。夜行に残されたのは、【呪】の能力と、自らの拳のみだった。
架陰は、再び【魔影・参式】を発動させ、黒いオーラを脚と刀に纏わせた。
「喰らえ!!! 【魔影刀】!!!」
迫ってきた夜行に、魔影刀を正面から振り下ろす。
ドンッ!!!
夜行の頭から股にかけて、赤黒い線が走り、夜行の身体が真っ二つになる。
「無駄だ!!」
夜行は、直ぐに再生を開始する。
両断された身体は、ピチッと断面と断面がくっついた。
声帯が復活した瞬間、【呪】の能力を発動させる。
「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!!!!」
「ちっ!!」
架陰の身体が、まるで金縛りにあったかのように動かなくなった。
「終わりだ!!」
無防備の架陰の腹に、夜行が拳を放つ。
「魔影!」
架陰は、魔影の塊を自分の腹の前に移動させ、盾のような形状に変化させた。
夜行の拳が、漆黒の魔影に触れた瞬間、衝撃波が発生する。
「なんの!!」
夜行は、踏みとどまったが、魔影の衝撃波には耐えられず、右腕がミンチとなって吹き飛んだ。
「畳み掛ける!!」
この隙を逃さない。
架陰はさらに魔影に集中して、夜行へと斬りかかった。
その②に続く
その②に続く




