魔影・参式 その②
囁きには騙されず
月光の照らす輪郭を
この目で見据える時までは
2
「つまんねぇの」
架陰の心臓を握りつぶした夜行は、一言、そう言った。
架陰から手を引き抜いた瞬間、架陰はぐらっとバランスを崩し、仰向けに倒れ込む。
胸の穴から大量の血液が流れ落ち、喉の奥からはかすれるようなうめき声が漏れた。
(ああ、こいつ、もうすぐ死ぬな・・・)
なかなか手応えのある戦いではあった。自分の【不死】の特性と、剣の【獄炎】の能力、そして、【呪】の能力を目の当たりにして、なかなか粘った。
だが、自分を倒すには至らなかった。
まるで最初は面白かった小説が、納得の行かないラストを迎えたような気分になった。
二人の戦いを観客席で見ていた鬼丸が声を荒らげた。
「お前!! 殺すなと言ったはずだぞ!!」
「ああ、すんません」
夜行はヘラッと謝る。もちろん、誠意など一ミリもこもっていなかった。
(こんな雑魚に、「殺すな」って言う方が難しいぜ・・・)
夜行は、奴らの仲間ではない。奴らに死体を回収され、勝手に蘇らされたのだ。そのため、彼ら悪魔の堕慧児の計画が狂ったところで、夜行には痛くも痒くもなかった。
「だが、楽しかったぜ」
しばしの愉悦感を味わったのは事実だ。
血肉が粉砕し、飛び散る戦いは、十年ぶりだった。最も、夜行が生きてきた百年間に比べたら短い年月であった。
「さあて、次はどうするかな・・・」
夜行は手に着いた架陰の血液をべろべろと舐めた。
外に出て、暴れ回るのもいい。あの気に入らない包帯男を殺すのもいい。いや、ここにいる悪魔の堕慧児全員を虐殺するのもいい。
なんたって、自分は不死身だ。身体は一つでも、兵力は何万何億とあった。
そう考えついて、自分を見ている奴らに身体を向けた、その時だ。
「あ?」
夜行は、足元に転がる架陰の死体の気配が変わったことに気がついた。
まるで逆再生のように、流れ出た血液が架陰の身体の中に戻っていく。そして、架陰の胸の穴が、ザワザワと塞がった。
「・・・!?」
再生した。
心臓諸共、再生した。
(回復薬の効果がまだ続いていたのか?)
ありえない話ではない。回復薬には夜行の細胞が利用されているからだ。
だが、絶命したというのに、身体が再生するのはどういうことだ。
(まさか、悪魔たちが、架陰に手助けをしている?)
これもまた、ありえない話ではなかった。
架陰の精神の中に取り憑くのは、十年前、アメリカのエリア51で大暴れした、【悪魔】と、悪魔の依代となった人間、【ジョセフ】という名のメン・イン・ブラック捜査官。
悪魔の能力と、男の能力があれば、均衡を保ちつつ、架陰の身体を悪魔並みの再生能力に引き上げることもできる。
この二人が、架陰に手を貸している。
それが結論だ。
「なるほどね・・・」
夜行は笑った。
身体中の関節が震える。武者震いだった。
今から、死なない夜行は、死を見る戦いをする。これこそが、夜行が望んだことだった。
架陰は、フラフラと立ち上がった。
そして、虚ろな目をしたまま、自分の胸に触れる。
「・・・、凄いな・・・、完全に塞がっている・・・」
「超速再生・・・。どっちが化け物か分からねぇよな。ひひひひひ・・・」
挑発のつもりだったが、架陰は気にすることなく、夜行を見据えた。
傍らに落ちていた名刀・赫夜を拾い上げる。
「・・・、行こう。赫夜・・・」
血が飛び散ってぬめった柄を着物の袖で拭い、手のひらの指紋にくい込ませるように握る。
「耐えてくれよ・・・」
「耐えろだ?」
夜行はまた架陰を挑発した。
「まさかお前、さっきの魔影よりも強い力を出すつもりか? ひひひひひ。自分の刀が、能力の勢いで折れることを想像してんのか・・・。ひひひひひ」
「その通りだよ」
架陰は夜行を見つめたまま頷く。
「最も、この名刀・赫夜が折れるとは思わないけどね・・・」
「そうか・・・」
夜行は調子が狂わされた。
まるで別人だった。
死ぬ前と、死んだ後。目にやどった、恐怖だとか、同情だとかが消え失せ、ただ純粋の殺意だけが自分の身体を刺す。
油断は出来なかった。
「まあいい。また殺すだけさ」
夜行もまた、【地を這い仰ぎ見る黒狼の脊椎】の柄を握りしめ、切っ先を架陰に向ける。
架陰は切れた頬を伝う血液をぺろりと舐めた。
「さあ、決着をつけようか!!」
能力を発動させる。
「【魔影】・・・」
架陰の能力は、力の調整をすることが出来る。
壱式は、動体視力の向上。
弐式は、動体視力に攻撃力の上昇。
ならば、【参】はどうなのか。
「【参式】!!!」
次の瞬間、架陰の体表から、漆黒のオーラが湧き出した。
夜行はその様子を見て、「なんだ、弐式と変わらねぇじゃん」と思った。
違った。
「っ!?」
違う。
確かに、架陰の身体から湧き出した魔影は、弐式と同じだ。だが、量が、明らかに違った。
弐の、二倍は、あるであろう魔影が、湧き出したのだ。
「魔影・参式は、弐式の二倍量の魔影を発生させる!!!」
その③に続く
その③に続く




