死を見る その③
悪魔は太陽を見ていた
身が焦がれようと
あの光の下へ行こうと
3
架陰は一瞬、何が起こったのか分からなかった。
落ち着け、冷静に今の状況を判断せよ。
夜行の右腕が、自分の左胸から突き出ている。その手は真っ赤に染まり、何かを掴んでいる。
血みたいに真っ赤で、ぶよぶよしていて、表面に赤紫の筋のようなものが走っている。
そして、架陰は理解した。
(あ、これ、僕の心臓だ)
夜行は、架陰の心臓を掴み出していたのだ。
そして、次の瞬間には心臓を握りつぶす。
心臓はいとも簡単に潰れ、指の隙間から血液が飛び散った。
「あ・・・」
夜行が腕を引き抜く。
架陰は力が抜け、仰向けに倒れ込んだ。
「あ、あああ、あ、あ、ああああ」
身体が痙攣を始める。
全身に酸素が行き渡らない。
息ができない。
視界が歪む。
火花みたいなものが弾け、平衡感覚を失う。
「あ、あああ、あ、あああ」
今になって、自分は危機的状況なのだと理解した。
いや、危機は既に通り越していた。
「ああ、あ、・・・、あああ、・・・、あ、あ」
架陰の死は、不可避だった。
「あ、あ、あ あああ、あああ」
倒れた架陰を夜行が見下ろしている。
何を言っているのか、分からない。どうせ、「落胆した」だの、「もっと楽しませてくれると思ってた」の類なのだろう。
「あ、あ、・・・、あ」
声すら出なくなる。
『架陰!!! しっかりしろ!!!!』
謎の男の声だけが、はっきりと聞こえた。
『君は死なない!! 頼む!! 死ぬな!!』
「いや、もう、無理でしょ・・・」
心臓を握りつぶされた。あと十秒で、自分は死ぬ。
『死なない!!』
その瞬間、既に死体となりかけている架陰の身体から、魔影が浮き出した。
黒いオーラは、架陰の左胸の傷を塞ぎ、出血を抑える。細かに分裂して、架陰の体内へと入っていく。
(ああ、止血をしてる。血管にも、魔影が纏ってる)
魔影が架陰の血管にまとわりつき、無理やり動かすことで、血液を循環させていた。
薄れかけていた架陰の意識が少し明瞭になる。
でも、無駄なことだ。
架陰の心臓が戻る訳では無い。この応急処置は、苦痛の時間をただ長らえるだけのものだ。
架陰が死ぬことには、変わりが無い。
『死なない死なない!! 君は死なない!!』
男はそう言って、架陰の血液を循環させる。能力酸素が回ることで、また視界がはっきりとする。
『頼む、死ぬな!!!』
死ぬ。
自分は死ぬ。
架陰は目を閉じた。
眠気だ。
眠気がやってきた。
眠気がやってきたということは、死ぬということだ。
『死なない!!』
男は何度も架陰に呼びかけている。
少し、いらだちさえ覚えた。
初めてこの男に出会った時からだ。この男は、いつも架陰に戦うことを強要してきた。架陰に、【魔影】の操作方法を教えた。
「・・・・・・」
『死なないシナナイ!!!』
「・・・・・・」
『架陰カイン!! 』
その時、男の声に異変が起きた。
『死なない死なないシナナイシナナイ!!』
「・・・?」
声が、おかしい。ノイズが入っているような、まるで、二人が話しているような、そんな声になった。
男の声が、動揺した。
『ま、マ、まずい、マズイ!! 二人のフタリノ結びつきが、ムスヒツキガ!!』
その瞬間、架陰は意識を失った。
いや、正確には、命を落とした。
「ここは?」
架陰は暗闇の中に立っていた。覚えのある場所だ。
鬼蜘蛛と戦った時、あの謎の男と出会った場所。あの謎の男が、度々呼び出してくる空間。
架陰の目の前に、一人の男と、一匹の生物が立っていた。
一人は漆黒のスーツに身をまとい、外国人特有の高い鼻。目は金色で、赤みのかかった茶髪をくしくしと掻きむしった。
「ああ、くそ。分離してしまった・・・」
もう一匹の方は、人外の姿をしている。
人型ということに変わりは無いが、体表が爬虫類のような硬質の皮で覆われ、竜のような頭が乗っかっていた。
耳と言うよりも角まで裂けた顎からは、赤黒い舌がチロチロと覗いていた。
背中にはコウモリのような翼が生え、筋肉質の腕には三本の鋭い爪。
細い尻尾が一つの生き物のように蠢いている。
まるで、悪魔のような姿だった。
「クククク・・・、ヤットダ、ヤット、貴様カラ解放サレタ・・・」
架陰は怯えた目で、黒スーツの男と、悪魔のような化け物を交互に見た。
「あ、あなた達は、誰ですか?」
「ごめん、架陰・・・。少し厄介なことになったよ・・・」
黒スーツの男は、架陰に近づき、膝を折って架陰と視線を合わせた。
その後ろで、悪魔のような化け物が鼻を鳴らした。
「厄介ナモノカ、ワシニトッテハ好都合ナンダヨ・・・」
男は首だけで振り向いた。
「そんなことを言うな、悪魔よ。このまま架陰が死ねば、君も死ぬんだぞ・・・」
「死ヌモノカ、ワシハアノ包帯男ニ回収サレル。死ヌノハ貴様ダケダ・・・」
化け物の言葉に、黒スーツ男は呆れたようなため息をついた。
そして、架陰の方を見る。
「この境地を脱するには、君の力をもう一段階上げる必要があるね・・・」
そして、ある提案をした。
「今から、僕が消した君の記憶を返す」
「え?」
「そして、使いこなすんだ。魔影、【参式】を」
番外編【市原架陰外伝】に続く
架陰の能力【魔影】の解説
魔影・壱式・・・身体能力と反射神経が上がる。発動時には、眼球が赤く染まる。架陰はこれを魔影眼と呼んでいる。
魔影・弍式・・・血を触媒として、漆黒のオーラを発生させる。オーラは、物体に触れると衝撃波を発生させる。このオーラの名が魔影である。弍式発動時には、壱式も同時に発動している。
弍式・魔影刀・・・魔影を刃に纏わせたもの。黒い大剣となり、一振で強力な衝撃波を発生させて敵を両断する。
弍式・魔影脚・・・魔影を脚に纏わせたもの。足裏で衝撃波を発生させ、機動力を上げる。強烈な蹴りに応用可能。
弍式・魔影双拳・・・魔影を腕に纏わせたもの。拳で衝撃波を発生させ、強力なパンチを放つことが出来る。だが、バンイップ戦で使用した時は、力加減が上手くいかず、腕の骨粉砕骨折を起こしている。




