死を見る その②
ようこそ死の世界へ
入場料は心臓一つ
握り潰してお持ちください
2
「ぷはっ!!」
架陰は床にめり込んだ頭を引き抜いた。その拍子に、瓦礫で頬が擦り切れる。脳が痛みを理解していて、この程度で心身を挫くことは無かった。
(さて・・・)
架陰は頬から垂れる血を拭い、名刀・赫夜を握り直した。手のひらも切っているらしく、血でぬめった。
「どうやって、夜行を攻略するか・・・?」
夜行はとにかく隙が無かった。
特性は【不死】。どれだけ傷つけようが、一瞬で再生する。現に、先程架陰が魔影を纏わせた蹴りを直撃させ、内臓破裂のダメージを与えたというのに、直ぐに治ってしまった。
架陰の頭の中に住み着く男は、『彼の再生能力には限度がある。ダメージを与え続けたら、必ず再生出来ない時が来る』と言っていた。
一体、あとどれだけあの化け物に攻撃を入れればいいのだろう。
この刃で薄皮を切り裂くだけでも、精神と根気を注ぎ込むのだ。
夜行の装備する武器。【地を這い仰ぎ見る黒狼の脊椎】と言ったが、有する能力は、【獄炎】。あの黒い炎は、少しでも体を掠っただけで、自分の身体にまとわりつく。そして、架陰の身体を焼く。
そして、夜行自信が有する能力、【呪】だ。
やつの口から放たれる言葉を聞いてしまうと、その言葉通りのことをしてしまう。「止まれ」と言われれば止まり。「逃げるな」と言われれば、逃げられない。
「躱すな」と言われれば、躱すことが出来ない。
「・・・・・・」
額から滲んだ汗が、頬の傷に染みた。
呼吸が浅く、早くなる。
(くそ、攻略法が、分からない・・・)
分からない。分からないのだ。どうやっても、自分がこの男に惨殺される未来が頭を掠める。
この男は、人間ではなかった。
戦いに喜びを見出し、敵の血を浴びることに快感を覚える。刃を交えれば交える程、傷つけば傷つく程、狂気のような冷たい感情が互いの身体を行き来する。
夜行の【不死】の特性は、まるで夜行の望みそのものだった。
戦う。戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う戦う。
気の遠くなるような生命のやり取り、殺気の浴びせ合いの度に、気配を一本の鋭い刃のように研ぎ澄ませていく。
「さあて、もっとオレを楽しませてくれよ・・・。ヒヒヒヒヒヒ!!!」
夜行は吐血した時に口にまとわりついた黒い血液をべろべろと舐めた。
架陰は息を整えた。
「魔影・・・、【弍式】・・・」
黒いオーラが、架陰の名刀・赫夜の刃にまとわりつく。
(いや・・・)
今、この相手に使うべきは、【魔影刀】ではない気がした。
確かに魔影刀は強力だ。一振すれば、夜行の肉体を吹き飛ばす程の力を持っている。
だが、夜行は直ぐに再生する。
架陰は消耗する。
(ならば、今、僕が使うべきは・・・)
架陰は赫夜にまとわりついた魔影を解除した。
それを、脚に纏わせる。
夜行が「へえ」と言った。
「機動力を重視したか・・・」
魔影脚は、衝撃波を脚に利用して、脚力を上げる力。これなら、夜行の攻撃を回避することができるはず。
だが、夜行は笑っていた。
「無駄だぜ、オレの【呪】の能力の前では、例えどれだけスピードを上げようが、動くことはかなわねぇ!!!」
夜行が大きく空気を吸い込んだ。胸の部分がボンッ!!と膨らみ、肺が破裂する音がした。
そのまま、夜行が叫ぶ。
「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ!!!!」
「くっ!!」
架陰は決意を固めると、魔影の一部を自らの耳に入れた。
プツン!!
張り詰めた弦が切れるような音がした時、架陰の中から音が消えた。
(鼓膜を、破った!!)
思った通りだ。身体が動く。
夜行の能力【呪】は、脳に直接語りかけるもの。ならば、声を聞かなければいい。
夜行が地面を蹴ってこちらに接近した。
振り下ろした剣を、赫夜で受け止める。
慣れた金属音も、骨が軋む音も、鼓膜を自ら破裂させた架陰には聞こえなかった。
無音の世界で、なにかを必死に叫ぶ夜行と対立する。
架陰の心に住み着く男の声だけが頼りだった。
『よくやった架陰!! これで夜行の【呪】は封じた!!』
「そりゃどうも!!」
正直、鼓膜を破ったのは誤った判断だった。
五感の中で、たった一つ。聴覚だけを取り除いただけでも、戦いに支障が生まれた。
自分がどれだけ音に頼って戦っていたのかがよく分かる。
(夜行の動きが、読めない!!)
見えない。見えないのだ。
特に、背後に回り込まれた時は、どこから刃が飛んでくるのか分からない。
獄炎は魔影脚の機動力で躱すことは可能。
一番危険なのは、接近戦だった。
夜行が舌打ちのようなものをした。さしずめ、架陰の動きにいらだちを感じたのだろう。
その瞬間、剣を振った。
極炎が放たれる。
架陰は魔影脚で床を蹴り、かわそうとした。
だが、炎は架陰の行く手を阻む。
ならばと踵を返そうとすると、背後にも炎が回り込んできた。
「!?」
炎の壁で、囲まれた。
架陰の視界から夜行が消えた。
(まずい!!)
『架陰!! 後ろだ!!』
謎の男が叫んだ瞬間、架陰の背中に突き抜けるような痛みが走る。
「がはっ!!」
喉の奥から、血が吹き出す。
夜行は、架陰の背中に手を突っ込んでいたのだ。そして、肉を押しのけ、肋を砕き、架陰の左胸に収められた臓器を掴む。
「っ!?」
夜行の血に濡れた腕が、架陰の左胸から突き出した。
その手には、架陰の心臓が握られていた。
「あ・・・、あ、ああ・・・」
夜行が、「終わりだ」と言った気がした。
その瞬間、架陰の心臓は握りつぶされた。
その③に続く
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