暴走 その②
死ぬことは怖くないさ
怖いのは
貴方が天国に行って
私が地獄に堕ちること
2
八坂は一瞬で悟った。
(ああ、死んだな・・・)
あの鬼丸という男は、唐草よりも、笹倉よりも、狂華よりも強い。
分かるのだ。佇まいが、空気が、声帯より発せられるその声が、「私は誰よりも強い」と、八坂の危機回避本能に語りかけている。
だが、自分はこの男に銃口を向けてしまった。
人間は本当に愚かな生き物だと思った。危機回避能力があるのなら、素直にしたがって逃げていれば良かった。だが、響也の首が斬られそうになる様子を見た時、身体が反応してしまったのだ。
衝動と衝動がぶつかり合い、勝ってしまった。「あの人を助けないと」って。
その結末がこれだ。
鬼丸は、遠く離れた場所から刀を振った。それは、NIGHTBREAKERのスコープから見ていたから分かること。
刀から、強力な斬撃が放たれ、反応する暇もなく、自分の肩に直撃した。
あまりにもの斬れ味に、痛みはほとんど感じなかった。斬り落とされた腕は、まるで端からそこにあったかのように、床の上で血を噴出させていた。
こんな中でも、八坂は、「回復薬使って繋げたら、再生するかな?」と思った。
よく、「強者は気配を消すことが出来る」なんて聞くけど、あれは嘘だ。
強ければ強いほど、その場に満ちる威圧感が大きくなって、視覚ではなく本能で認識する。現に、この暗闇の中、刀を構えてこちらに走ってくる鬼丸の気配を、八坂ははっきりと感じていた。
こちらに来るのがわかっているのに、反応が出来ない。
「終わりだ・・・」
耳元で鬼丸がそう言った。
ああ、本当に終わったよ。
八坂は全てを諦めた。さすがに、今日死ぬなんて思っていなかったな。唐突の死は、清々しささえ覚えた。
刃が、八坂の首に食い込む。
カッと首筋が熱くなって、血が吹き出した。
八坂の意識が、糸が切れたように途切れた。
八坂に刀を振るった鬼丸は、小さな舌打ちをした。
「仕損じたか・・・」
八坂は前のめりに倒れ、首と右肩からどくどくと血を流している。だが、まだ生きている。
「申し訳ない・・・」
切腹という言葉がある。大昔の侍たちが、腹に短刀を刺すことだ。だが、それだけでは死ねない。必ず、介錯を必要とする。
首は生物最大の急所。ここを切り落とせば、大体の者が息絶える。
この男も、そうするつもりだった。
一思いに首を刎ね、苦しまずに殺す。
それなのに、刃は中途半端に八坂の首の肉を斬った。
(あの男に刀を振った瞬間、暗闇から三日月型の刃が飛んできて、私の抜刀の邪魔をした・・・)
鬼丸は、横目で響也の方を見た。
(そうか、あの女が邪魔をしたのか。あの女の武器の能力も、さしずめ空間色覚・・・。綺麗に切り落としたつもりだったが、折れても使えるようだな・・・)
鬼丸は、刀を鞘に収めた。
そして、怒りの目を響也に向ける。
「貴様が邪魔をしなければ、この火縄銃の男は楽に死ねたのだ・・・」
暗闇の中の響也は、掠れた声で「ざまあみろ・・・」と言った。
「死なせるつもりは無い。お前らのくだらん死生観を私に押し付けるな・・・」
「万死に値する」
鬼丸は刀を抜いた。
そして、刀に念を込め、先程八坂の腕を切り落とした時のように、何も無い場所へと振り下ろした。
その瞬間、またしても死角から三日月型の刃が飛んできて、鬼丸の腕に食いこんだ。
「っ!?」
それを振り切って、刀を切り上げる。
ザンッ!!!!
鬼丸が放った斬撃は起動を逸らし、蹲る響也の右腕に直撃した。
血飛沫が上がり、響也の右腕がゴトっと床に落ちる。
「・・・、ちっ、防ぎきれなかった・・・」
「貴様も、死を受け入れぬか・・・。楽に死ねたものを・・・」
鬼丸はもう一度刀を構えた。
「右腕を失えば、火縄銃を握ることも、その死神の鎌を握ることも叶わん。そして、身体能力にも制限がかかる・・・」
「・・・、そうだな。出血性ショックで意識が飛びそうだ・・・」
「よく耐えた。だが、もう躱せぬ」
鬼丸が刀を振る。
刃から斬撃が放たれ、身動きの取れない響也に迫る。
響也は必死に考えていた。この状況を打開する術を。
(あの男は、何故斬撃を放てる・・・?)
架陰だって能力を発動した時は、斬撃紛いのものを放っている。だが、射程距離は限られている。この男の刃から放たれるのは、明らかに「飛ぶ刃」。
(ダメだ・・・、思考が定まらない・・・)
躱せない。
響也は強く目を閉じた。
その瞬間、響也の左腕を誰かが強く引っ張った。
「えっ!?」
ドンッ!!!!
響也が蹲っていた床が斬撃でぱっくりと割れた。
誰が自分を助けてくれたのか。
響也は理解出来ぬまま、気を失った。失血性ショックだった。
鬼丸が目を細める。
「次々と、邪魔者が・・・」
その③に続く
その③に続く




