第48話 暴走 その①
夜を纏い走り出す
あの月に追いつくために
1
「唐草が始めたこの遊び、終わらせてもらう・・・」
「・・・っ!?」
まるで水の中にいるかのように、空気が粘付き、響也の身体中にまとわりついた。
喉が渇く。
全身が粟立つ。
呼吸が浅く、速くなった。
「・・・・・・」
まるで金縛りにあったかのように、身体が強ばった。
(こいつ、強い・・・!!)
久しぶりだ。ここまで恐怖を感じたのは。脚が、震える。腕が、重い。
Death Scytheが折られた。おそらく、あの男の刀によるもの。
機械生命体の素材を使ったDeath Scytheは、鉄よりも強度な金属で作成されている。それを、簡単に破壊された。
「くそ・・・」
響也は鉄の棒だけになったDeath Scytheを握りしめた。
鬼丸の目が細まる。
「ほう、抵抗するか・・・」
「するに決まっているだろ・・・。私たちは、架陰を連れ戻しに来たんだ・・・!!」
力を込めて叫んだ瞬間、響也の肩の傷から血が吹き出した。視界が歪み、喉の奥から吐血する。
「ゲホッ!! ゲホッゲホッ!!!」
「傷が深いようだな・・・。それもそのはず、私は貴様の首を狙って斬撃を放ったのだからな・・・」
鬼丸は腰の刀をおもむろに抜くと、響也の首筋に当てた。
冷たい感触に、背筋がゾッとする。
鬼丸は、響也と狂華を交互に見た。
「私は別に、狂華の敵討ちに来たのではない。だが、貴様らにこの根城を掻き回されるのは少々困る。さらに言えば、架陰は今、厄介な状態になっているのでな。面倒なことが起こる前に始末させてもらう・・・」
「面倒なことだと?」
響也はうずくまったまま、鬼丸を見上げた。
「お前ら、架陰に何をした!」
「貴様らが知る必要は無い・・・」
鬼丸は響也の怒号を一蹴すると、響也の首筋に当てた刀を引こうとした。
その瞬間、「ドンッ!」と爆裂音が響き、鬼丸の身体を強い衝撃が襲った。
「・・・!!」
鬼丸は響也の首を斬り落とすのを中断すると、床を蹴って距離をとった。
腕に二つ穴があき、どくどくと血が流れ落ちていた。
「ほう、火縄銃か・・・」
鬼丸は苦痛に顔を歪めるようなことはせず、ライフルを構えた八坂を見た。
八坂は肩から血を流しながらも、ライフルのスコープを覗き、引き金を引く。
ドンッ!!!
銃口から放たれた鉄の弾丸が、鬼丸に迫った。
「遅し・・・」
鬼丸は自分の心臓を狙って撃ち込まれた弾丸に刀を振るった。
ギンッ!!
刃が弾丸を真っ二つに切り裂く。
二つになった弾丸は、起動を逸らし、鬼丸の後方へと流れて行った。
「火縄銃は速い。だが、私には亀の歩みに過ぎぬ。しっかりと見ていれば、斬ることも造作ではない・・・」
「そう、かよ!!」
八坂は青白い顔のまま、ライフルの銃口を天井に向けた。
ドンッドンッドンッ!!!
数発発砲する。
弾丸は、天井に吊るされた照明を撃ち抜いた。
破壊されたガラスの破片が降り注ぎ、辺りは暗闇に包まれた。
「・・・、照明を壊して、私の視界を封じたつもりか・・・。軽薄な作戦なり。貴様は、自らの視界を封じたのだぞ・・・」
「残念だったな!!」
ドンッ!!
暗闇の中で、八坂が引き金を引いた。
暗闇を切り裂いて、弾丸が迫る。
「愚か・・・」
鬼丸は暗闇の中、弾丸の炸裂音の反響で銃弾の位置を把握する。
刀を振って弾丸を斬り裂いた。
ドンッドンッドンッ!!!
「っ!?」
さらに三発、鬼丸に迫った。
「妙なり・・・」
鬼丸はまた刀を振って弾丸を弾く。
「貴様・・・、何故私の位置が分かる・・・?」
「分かるに決まってんだろ!!」
八坂は苦痛に耐えながら叫ぶと、引き金を引いた。
ドンッ!!!
「ちっ!!」
鬼丸は刀で防ぐ。
八坂は立て続けにライフルの引き金を引いて攻撃を仕掛けてくる。
「ボクの【名銃・NIGHT BREAKER】の能力は、【暗闇色覚】!!! このライフルを握っている間は、どんなに暗かろうが、必ずお前を狙って撃ち抜く!!!」
正確な射撃だ。
この暗闇の中、一ミリのズレもなく鬼丸を狙ってくる。決して流れ弾を響也に当てることも、狂華を狙うこともしない。
この自分だけを、撃ち抜こうとしてくる。
「面白い・・・」
鬼丸は暗闇の中でニヤリと笑った。
「ならば、この姿も見えているということか・・・」
「え?」
その瞬間、鬼丸は握りしめた刀を振った。弾を弾くためでは無い。何も無い空気に向かって、素振りをしたのだ。
その様子を、八坂はライフルの能力を通して見ていた。
(こいつ、今、何を・・・!?)
背筋に冷たいものが走った瞬間、八坂の肩に激痛が走った。
「がはっ!!」
どちゃっと、湿り気のある音が、八坂の傍らで響く。
握っていたライフルが、床の上に落ちた。
「く、そ・・・」
八坂は反射的に、左手で右肩に触れる。熱く、ヌルッとした液体が掌にかかった。
右腕が、無くなっていたのだ。
ならば、先程傍らに落ちたのは、自分の右腕。
(こいつ、あの距離から、斬撃を飛ばしてきたのか・・・!?)
ライフルを手放したせいで、辺りの様子が見えなくなる。
その瞬間、まるで風のように鬼丸が迫り、八坂に向かって刀を振った。
「終わりだ」
「くそ・・・」
八坂の首に、赤い線が走る。
そこで、八坂の意識が途切れた。
その②に続く
その②に続く




