妲己の幻術 その②
欺きの世界で生きる僕達は
雲の晴れ間から差し込む光に憧れて
2
「これが私の能力、【妲己】よ」
狂華の声が響也の耳元で囁いた瞬間、突然、強い風が巻き起こった。
「なんだ、これは・・・!?」
響也と八坂が踏みしめる地面に咲き乱れる花々が蠢く。
花弁が散る。
花吹雪が視界を奪った。
その瞬間、響也の背中がカッと熱くなった。
「ちっ!!」
気配に気づかなかったため、防御姿勢をとる事が出来なかった。刃物のようなものが背中の肉にめり込み、血を噴出させる。
「てめぇ!!」
響也は振り向きざまにDeath Scytheを振った。
しかし、刃は空を斬る。
「あはははははは、無駄よ。これが私の能力、【妲己】。私の作り出した幻術で、貴方の平衡感覚は狂っている。その中で私の居場所を特定しようとするのは不可能よ!!」
狂華の笑い声が聞こえる。だが、どこから聞こえるのかは分からない。まるで、頭の中に直接響くような声だ。
「八坂!!」
「え、なんでしょう!?」
急に呼ばれた八坂は、身体を硬直させた。
「何をしている!! さっさと銃を構えろ!!」
「あ、はい!!」
八坂は弾かれたようにライフルを構え、弾を装填した。
また、狂華の笑い声が響いた。
「あら、銃を乱発して私に攻撃を当てるつもりかしら?」
そのつもりだったが、その言葉を聞く限り、無駄なようだ。
確かに、狂華の言うことが本当なら、今自分たちが見ているのは、「幻術」。
(一体どこからどこまでが幻なんだ・・・!?)
八坂は身体中から冷や汗を噴出させながら、辺りの様子を伺った。
この、自分の周りを舞っている花弁は本物か?
この、足元に広がっている花畑は本物か?
そもそも、今、自分の前でDeath Scytheを握っている女は、本物の響也なのか。
(下手に動けない・・・!!)
八坂は銃口を下げた。
(もし適当に発砲して、響也さんに当たれば・・・)
もどかしくて歯軋りをした時だ。
突然、八坂の視界の半分が真っ赤に染まった。
「えっ!?」
これも、幻術か?
いや、幻術にしてはリアルだ。
思わず、右目を触る。手のひらに、赤黒い液体、つまり、八坂の血液が付着していた。
右目の上、額が斬られていたのだ。
「・・・、いつの間に・・・!?」
「あははは、無駄無駄。貴方、幻術に侵されて、自分が斬られたことに気づいていないじゃない!!」
「クソ・・・」
八坂は手の甲で血を拭う。
額の血管は太い。全く血が止まる気配が無かった。
「響也さん!! こいつ、強いですよ!!」
「そうだな・・・」
響也の声は素っ気なかった。思わず、この響也は本物なのだろうか? と疑問を抱く。
響也は、声は落ち着いていながら、ニヤリと笑っていた。
どこにいるか分からない狂華に、「お前、馬鹿だろ?」と言う。
「私に、惜しげも無く、自分の能力を明かしてくれたな・・・」
その声は、勝機に満ちていた。
「私と八坂を斬ることができるということは、お前はこの場のどこかにいるということだ・・・」
Death Scytheを握りしめる。
「見せてやろう・・・、この、Death Scytheの能力を!!」
そう叫んだ瞬間、狂華が困惑する声が聞こえた。
「・・・、能力武器ですって!?」
驚きたいのは、八坂も同じだった。
(響也さんの The Scytheに能力は無かった。けど、今回の改良で、能力を得たのか!?)
響也がDeath Scytheの柄を握りしめた瞬間、Death Scytheに変化が起きた。
硬い鉄の鎌だったDeath Scytheの表面が、ズブズブと蠢き始める。
「名刃【Death Scythe】・【弐式】・【死神の使い】」
Death Scytheに使用されたUMAの素材は、【機械生命体】だ。
機械生命体は、金属の身体を持ちながら、自我を持ち、状況によってその姿を変える。
その、形状変化の力を、Death Scytheにそのまま生かしたのだ。
Death Scytheから分離され、三日月型の刃が二枚、浮かび上がった。丁度、DVD程の大きさだ。
「Death Scytheは生きている武器だ。形状を自由自在に変化させ、切り離すことも可能。その全てが自我を持ち、幻術なんぞに惑わされることなく、命令を遂行する・・・」
響也の身体の周りを、Death Scytheから切り離された三日月型の刃が旋回した。
「こいつは、Death Scytheから切り離された【死神の使い】。簡単に言えば子機だな」
響也の睡眠不足でぎらついた目が、さらに冷たく光った。
「探せ、この幻術の中に潜む、淫乱な狐の姿をな!!」
その瞬間、三日月型の刃が動き出した。
その③に続く
その③に続く




