【第47話】 妲己の幻術 その①
夢幻だろうと
私は貴方の夢を見る
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響也は、新たに手に入れた武器を、立ちはだかる狂華に向けた。
「これが私の新しい武器、【Death Scythe】だよ」
「へえ・・・」
狂華は大きな目を細め、死神が持つにふさわしい武器を眺めた。
「形状はThe Scytheとほとんど変わらないじゃない。S字状の刃は健在、片方の刃が巨大化しただけね」
「まあ、見た目はそうだな」
響也はえらく素直に頷くと、Death Scytheを肩に掛けた。大鎌を握り、黒い髪をたなびかせるその姿は、死神と呼んでも差し支えなかった。
「見れば分かる・・・」
Death Scytheを地面と平行に構えると、上体を捻った。
(来た!)
狂華は身構えた。
全て研究済みだ。あれが響也の得意技、【死踏】。上体の捻りによる遠心力と、脚の軸の回転で、強力な一撃を生み出す。
「死踏・・・、一の技・・・」
花畑の土を踏みしめ、狂華へと襲いかかる。
上体を捻り、遠心力を生み出し、刃を振り下ろした。
「【命刈り】!!!」
三日月のような刃が、地面に突立つ。
狂華は上へと跳んで、躱していた。
「ほら、変わったのは刃の大きさ。少し射程範囲が伸びたくらいね」
響也の武器が、前回のThe Scytheとさほど変わりが無いことを確かめた狂華は、反撃に出る。
纏めた髪に刺さった簪を抜き取ると、響也に向かって投擲した。
「【串刺簪】!!」
「っ!!」
細い簪が、空気を切り裂いて響也に迫る。
響也はDeath Scytheの棍の部分で弾いた。
「へぇ、簪も武器になるのか・・・」
「そうよ」
狂華は花弁の上に舞い降りると、豪華絢爛な装飾が成されている着物の袖が揺らめいた。
腕を振る。
その瞬間、着物の袖の奥から、数本のナイフが飛び出した。
「っ!?」
響也はDeath Scytheを回転させ、迫りくるナイフを薙ぎ払った。
「なるほどな・・・」
響也は独り合点すると、狂華に向かって斬りこんでいった。
「お前、暗器使いか・・・」
「ええ、そうよ」
狂華は白い歯を見せて笑うと、左腕の袖に、右手を突っ込んだ。引き抜いた時、赤いマニキュアが塗られたその手には、短刀が握られていた。
「【名刀・華木立】!」
「【命刈り】!!」
ギンッ!!!
響也のDeath Scytheの刃と、狂華の刀の刃がぶつかり合う。
華奢な女だと思っていたが、響也の一撃を耐えている。
「おらあっ!!」
響也がダメ押しで体重を掛けると、狂華の足が地面に数センチめり込んだ。
名刀・華木立の薄紅の刃に、ピシッと亀裂が入る。
「ちっ!!」
狂華は腕を引き、響也の斬撃の勢いを後ろに流す。
響也が前のめりにになった瞬間、狂華の下駄の底から、出刃包丁のような刃が現れた。
「【刃下駄】!!」
響也のがら空きとなった腹に、蹴りを放つ。
下駄の底から生えた刃が、響也の腹に食い込む瞬間、数十メートル離れた場所に待機していた八坂が、ライフルの引き金を引いた。
「【名銃・NIGHTBREAKER】」
ドンッ!!!
八坂の狙撃は、寸分の狂いなく正確だった。
鉄の弾は、直線的な弾道を描き、響也をの脇を抜け、狂華の下駄に直撃する。
刃は、側面から叩けば容易く割れる。
下駄の刃にぶつかった弾は、刃をガラスのように粉砕した。
「くっ!?」
「悪いが、時間はかけていられないんだ」
響也が、狂華の首に、Death Scytheの刃を押し当てる。
「死踏・・・、死の技」
体重を掛け、一瞬の躊躇をすることも無く、無慈悲に一閃した。
「【頸刈り】!!!」
狂華の首が、胴体から切り離され、血を噴出させながら空中に弧を描いた。
頭を失った胴体は、糸の切れた人形のように、花畑の上に突っ伏す。
狂華の頭は、数メートル離れた所に落ちた。まだ意識があったのか、「かは・・・」と呻く。
「よし、終わりだ」
響也は、頬を伝う狂華の返り血を拭った。刃に付着した血液を払い、肩に掛ける。
狂華の刃下駄を撃ち抜いた八坂の方を見た。
「さっきの狙撃、なかなかだったよ。さすが椿の狙撃手だな」
「あ、はい・・・」
八坂は若干吐き気を催しながら、構えたライフルを下ろした。
狂華は既に息絶え、地面を赤い花畑へと変えていた。
「拍子抜け、ですね・・・」
八坂は血で染まった花を踏まないようにしながら響也に近づいた。
あれだけ「男の子を殺したい」と豪語していたというのに、あっさりと殺された。
響也が強すぎたのか、それとも、あの女が弱すぎたのかは定かではない。
響也は首だけで振り返り、狂華の死体を見た。
「拍子抜けでいい。やつは悪魔の堕慧児だ。能力を発動されたら、厄介のは確かだ。だから、さっさと殺した方が良かったんだよ・・・」
そう言って、地下三階への階段へとスタスタと歩いていく。
「あ、待ってくださいよ!!」
八坂が後をついてくる。
響也は八坂の方を見向きもせず、これからのことを考えていた。
「・・・・・・」
アクアと味斗と別れてから、そこまで時間が経っていない。少し急げば、追いつけるかもしれない。
そう思いながら、階段へと続く扉に手をかけた。
その時だ。
「っ!?」
扉が消えた。
まるで、絵の具が水に溶けてしまったかのように、ドロドロとマーブル模様を描いて。
一体何が起こったのか、全神経と頭脳を使って考えようとした時、辺り一体に、狂華の笑い声が響き渡った。
「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッッ!!」
八坂は顔を真っ青にして、辺りを見渡した。
「この声、あの女の・・・!?」
「落ち着け」
響也は気を沈めると、再びDeath Scytheを握り直した。
(首を落としただけでは死なない?)
「これで私が殺せたと思うの? はい、お疲れ様!!私は死なないわ!!」
響也は踵を返すと、背後で倒れていた狂華の死体へと駆けた。
「切り刻む!!」
首の無い死体に、Death Scytheの刃を振り下ろそうとした瞬間、死体から白い煙が吹き出した。
「っ!?」
得体の知れないものには触らないのが最善手。直ぐに立ち止まった。
煙が晴れた時、死体へと忽然と消えていた。
「消えた!?」
「はい、お疲れ様〜」
まるで響也の耳元で囁くように、狂華の声が聞こえる。
「これが私の能力、【妲己】よ!!」
その②に続く
UMA図鑑 【妲己】
ランクS
体重 46キロ
身長178センチ
狂華が、能力を解放させた時の姿。別名、【九尾の狐】である。極めて高度な幻術を使うことができ、現実と幻術の見分けを付けるのは不可能に等しい。




