第8話 通らない刃その②
蛙は
狂躁と
沈黙を
歌う
2
渾身の一撃のつもりだった。
体重を乗せ、遠心力に任せ、全力で叩き込んだ斬撃だった。
だが、鬼蛙の肉を断つことは出来なかった。
「くっ!!」
架陰はすぐ様立ち上がる。しかし、幹にぶつかった時のダメージが残り、足元がふらついた。
そこに、鬼蛙の突進が迫った。
(まずい!!)
躱す動作すら起こすことが出来ず、鬼蛙の広い額が架陰を直撃する。
衝撃は・・・、無い。
架陰の身体は、その柔らかい肉にめり込んだ。
「!?」
(これは!?)
そして、肉が元に戻ろうとする時の反動で、架陰の身体が吹き飛ぶ。
「くっ!」
もう二度と木には衝突しまいと、身を捩って軌道を変える。
地面に転がった。
白い着物が泥で黒く染まる。
「よし、何とか勢いを殺したぞ!」
架陰は転がった勢いそのままに立ち上がった。
顔を上げた瞬間、鬼蛙の突進が眼前にまで迫っていた。
「うわっ!」
足をを右側に踏み込ませ、右脚を軸として回転する。
響也の「死踏」を見よう見まねで試して見たのだが、案外効果はあったらしい。架陰は、突進の勢いを、鬼蛙の側面に沿って回転することで和らげた。
そのまま、一太刀加える。
横に一閃した架陰の刃だったが、柔らかい皮膚と、染み出す粘液で、体表を撫でるだけだった。
「ダメだ!」
鬼蛙の特性。それは、「あまりにも柔らかすぎる体表」と、「攻撃を防ぐ粘液」。
(どうする!?)
斬れないからと言って、架陰に思考を混雑させている暇は無かった。直ぐに鬼蛙は進行方向を変えて迫ってくる。
架陰は鬼蛙の突進が来てもいいよう、距離を取った。
その距離、約20メートル。
木に衝突していた鬼蛙がこちらを振り向いた。
来るなら来いと、架陰は躱す準備をする。
あの柔らかい皮膚と粘液を攻略するためにも、時間を稼ぐ必要があった。
「・・・・・・」
だが、鬼蛙は突進してこない。
スイカ並み大きさを持つ眼球でギョロギョロと架陰の構えを見つめる。
そして、「ぐわっあああ」と、地の底から響いてくるような声を上げた。
「なんだ!?」
鬼蛙の様子が変わった。
見境なく突進してくるのではない。こちらの様子を伺っている。
「何を、する気だ・・・?」
その瞬間、鬼蛙の両頬が「ボンッ!」と爆発音を思わせる勢いで膨らんだ。
そして、がま口を窄め、何かを吐く。
「!!」
黄色い液体が、丁度鬼蛙の眼球程の大きさとなって飛んでくる。
架陰は反射的に飛び退いた。
地面で、液体が弾ける。
ジュワッッと、黄色い煙が上がった。
「これは、消化液!!!」
架陰が立っていた地面の、砂利や、泥、落ち葉がグズグズと溶けていく。
沼の白い玉に入っていた子供三人も、あの消化液に殺られたのだと理解した。
「ぐふううううううっ! 」
鬼蛙は立て続けに、大砲の弾のような消化液数発吐き出した。上空から、さながら空襲のように降り注ぐ。
「うわあああああああああああぁぁぁ!!」
架陰は悲鳴を上げた。
だが、消化液弾は鈍重で、躱すことは苦ではなかった。
しかし、躱すことに集中してしまうと、鬼蛙の突進をまともに喰らってしまった。
「ぐはっ!!」
吹き飛ぶ。
受身を取る事も出来ず不時着。地面が架陰の軌道に沿って深く抉れた。
(早く立ち上がらないと!!)
身体に力を込めるが、関節が軋んで上手く動かない。
「!!」
はっとした時にはもう遅く、上空から鬼蛙の巨体が降って来ていた。
「うわああああああ!!」
架陰の身長172センチの身体を、二トンはあるであろう巨体が押し潰す。
(ぐはっ!)
鬼蛙の肉は、声すらも潰した。
(ああ、終わった・・・)
架陰は、自分の死を覚悟した。この化け物に上に乗られたなら、死ぬしかないだろう。
先ずは胸骨が粉砕して、肺に刺さる。
その肺すらも押し潰して、皮膚が裂ける。
胃が破裂する。あと、頭蓋骨も卵みたいに割れて、脳みそがはみ出す。
つまり、全てぺっちゃんこということだ。
(終わった・・・。短い人生だった・・・)
と思ったのはつかの間。架陰は自分の意識があることに気づく。
足し算も引き算も出来た。この体にまとわりつく、ヌメる液体の感触も鮮明だった。
(あれ? 生きてる?)
もちろん、肉に圧迫され、身動きが取れないことは確かだ。だが、身体に痛みは無い。
(そうか、鬼蛙の肉が柔らかすぎて、僕の身体を包み込む形になっているんだ!)
架陰は自分が生きている理由を分析した。
(地面にはみ出した肉に体重が分散されて・・・、潰されずに済んだ!)
これなら、突破口が見つかるかもしれない。
希望を見出した架陰は、身体に力を込めた。何とか、この肉から脱出できまいかと考えたのだ。だが、鬼蛙の肉は架陰の身体に密着して、「重みは感じない」ものの、「動くことが出来ない」状態にあった。
(動けない・・・)
架陰の頭に霧がかかる。
そして、架陰は初歩的なことを見落としていた。潰されているので、「息が出来ない」。
(やばい・・・、息が・・・)
筋肉に酸素が回らず、手足の動きが麻痺し始める。
再び架陰を、「死」の恐怖が襲った。もしあのまま、鬼蛙に押しつぶされていたのなら、痛みは一瞬だ。だが、息ができないということはかなり辛い。
徐々に、徐々に意識が遠のいていく。
(ま、ず、い・・・)
3
架陰が鬼蛙に押し潰され、圧死していく様を遠目から見ていた人物がいた。
「あら、架陰くん死んじゃうわぁ」
なんとものんびりした口調で言う。その隣には、傘を差す西原。
「では、お助けしましょう」
「ええ、そうね。人助けは、城之内家の指名ですわぁ」
雨の中、馨しい香りが立つ。彼女の着物から漂うものだった。
白を基調として、薄紅の桜の模様があしらわれた、見慣れた着物。
だが、それを纏うのは、響也でも、クロナでも、架陰でもない。
もう一人の人物。
「さて、いきますわぁ」
間延びした口調で、傘の外に一歩踏み出す。西原が、「お気をつけて」と深々礼をした。
着物を着た少女が、薔薇のような高貴な笑みを浮かべる。
「桜班、副班長・・・、『城之内カレン』、参戦しますわぁ」
その③に続く
UMA図鑑
UMANo.02『鬼蛙』巨大化系UMA
ランクB
体長3メートル。
体重2トン。
蛙が突然変異で巨大化したUMA。その体表は柔らか過ぎる。体表から分泌される粘液が攻撃を滑らせるため、強力な防御力を生み出している。
消化液は強い。獲物を溶かしておいて、非常食にすることもある。




