不屈の精神 その③
堕ちてくる空に傘をさす
3
地下に設置された研究施設の中では、ある男が巨大な瓶に詰められ、液体の中に浮いていた。
布を纏わぬその身体には、フランケンシュタインのように黒い糸の縫い目が施され、皮膚の色も、糸を境に少しずつ違っていた。
まるで、キメラのようだった。
「【夜行】・・・、出番だぞ・・・」
白衣を着た研究員がそう言った瞬間、男は目を見開いた。
「きゃはっ!!」
水中で笑うと、口に付いた酸素ボンベを取り外す。
直ぐに男の体内に液体が入ってきて、男は白い泡を吹いて白目を剥いた。
「ごぼっ!!」
溺死したのか、そのままプカプカと浮かぶ。
研究員は深いため息をついた。
「こいつ、バカなのか? 酸素ボンベを取り外したら溺れるに決まっているだろう・・・」
その嘲りの声に反応してか、男はビクンッ!!と身体を震わせた。
次の瞬間には、瓶のガラスが割られ、中の液体が部屋中に流れ出ていた。
「フゥ・・・」
「お目覚めか・・・」
研究員は白々しい顔で、瓶の中から出てきた男を見た。
「【夜行】・・・」
「ヒヒヒヒ・・・、おはよう・・・」
夜行の呼ばれた男は、肩を震わせ、ひきつるような笑みを浮かべた。
「ヒヒヒヒ、久しぶりに目覚めた気がする!!」
「ああ、10年ぶりだ」
「10年!! ってことは、アクアと味斗はもう大人になっちまってんのか・・・、ヒヒヒヒ・・・」
夜行は素っ裸のまま、我が身を抱くようなポーズをとった。
「ヒヒヒヒ、感じる。こいつは、悪魔の気配だ・・・ ヒヒヒヒ、10年前、オレを【奈良決戦】で殺しやがった奴らの気配だ・・・!!」
夜行の身体に、マントが被せられた。
「着ておけ。同じ男同士でも目のやり場に困る」
「ヒヒヒヒ、生殖機能はまだ衰えていねぇらしいなぁ・・・!!」
「変なことを考えるなよ?」
「もちろんさぁ。オレは健全だからなぁ・・・」
夜行はボロボロになった歯をカチカチと鳴らして笑った。
「ああ、思い出しただけで興奮してくる・・・。特にあの女・・・、アクアって奴・・・。いや、ヒカルって女もいたな・・・。ヒヒヒヒヒヒ、汚してやりてぇなぁ!!」
「残念なお知らせだ。お前に今から向かってもらうのは、地下だ。そこに、王の能力を持つ少年がいる」
「王・・・?」
「お前は10年の記憶が無いのか・・・」
研究員は言葉を変えた。
「悪魔の能力を持つ者がいる。可能性によっては、悪魔が取り付いていたFBIの能力・・・、【影】と融合している可能性もあるが・・・」
「ああ、【ジョセフ】の事か・・・ヒヒヒヒ」
夜行は10年前の出来事を思い出して、ニンマリと笑った。
そして、床に広がった液体をパシャパシャと踏みしめ、歩いていく。
「殺してくる。ヒヒヒヒヒヒ」
「待て」
研究員は呼び止めた。
「こいつを持っていけ!」
倉庫から取り出した何かを、夜行に放り投げる。
夜行は飛んでくるものを見ずに、片手で受け止めた。
「なんだ、こりゃぁ?」
「そいつは、武器だ。【初代鉄火斎】に造らせた」
「へえ」
夜行は受け取った剣をまじまじと眺めた。
ただの直刀ではない。刃の表面がギザギザとノコギリのようなっている。もしこれで刺されたら、抜く時に、そのギザギザが返しとなって肉を抉られるだろう。
「その武器の名は、【地を這い仰ぎ見る黒狼の脊椎】だ」
「だっせぇ、名前だな。ヒヒヒヒヒヒヒヒ」
「名前は本人が付けたからな・・・」
「まあいい」
夜行はその剣を、自らの腕に当てた。
そして、一瞬で切断する。
ボトッ!! と鈍い音を立てて、夜行の左腕が床に落ちた。
切断面から、人間のものとは思えない、黒い血液が吹き出す。
「いいね、斬れ味最高だ」
夜行はうっとりとした目を【地を這い仰ぎ見る黒狼の脊椎】の刃を眺めた。
「おい、あまり無茶をするなよ」
簡単に自分の体に傷を付ける夜行を、研究員がたしなめる。
夜行はギロッと研究員を睨んだ。
「これが無茶だと思うか?」
次の瞬間、ある言葉を口にする。
「死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね」
「っ!?」
その瞬間、研究員がうろたえた。
「貴様!!」
「ああ、オレの【能力】だ」
夜行は満足気に笑うと、剣を肩に掛け、部屋の出口へと歩いていった。
その後ろでは、研究員が近くの机の上にあったボールペンを手に取り、自分の喉元を突き刺した。
「ごふっ!!」
研究員は血を吐いて、前のめりに倒れ込んだ。喉に突き刺さったボールペンが、床に押されて、首の後ろから飛び出す。
研究員はしばらく痰が絡んだような咳をした後、痙攣して、動かなくなった。
夜行の左腕はと言うと、切断面から肉が盛り上がり、新たな腕として再生した。
「ふぅ、これがオレの特性、【不死】。そして、あれがオレの能力、【呪】だぜ。ヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒヒ・・・」
第43話に続く
【夜行】
身長174センチ
体重42キロ
推定年齢100歳
元UMAハンターだった男。だが、10年前にむはんを起こしたために、アクア達の班によって討伐された。
特性は【不死】で、どれだけ傷つこうが、たちどころに回復してしまう。これは、幼少期に、【モケーレムベンベ】というUMAの肉を食ったために身につけた体質。不死とは名ばかりで、【治癒能力】が【不死】並に上がっているだけである。つまり、再生すればするほど、命を削っていることになる。
能力は【呪】。彼の口から発せられる言葉を聴いた者は、その言葉通りのことを実行してしまう。耳を防げば問題は無く、10年前も、この弱点をアクアたちに突かれて死亡している。
10年前に死亡した彼の死体は、SANAに回収され、今まで研究体として保管されていた。
だが、笹倉がSANAを襲撃、そして、死体を盗んだことにより、【悪魔の堕慧児】側として復活を果たした。
使用武器は、【地を這い仰ぎ見る黒狼の脊椎】。直刀であるが、刃に返しがついているため、刺された後、引き抜く時に獲物の肉を抉りとる。




