第38話 悪魔の堕慧児 その①
踏み越えるのは境界線
人と悪魔の境界線
この世とあの世の境界線
1
「ご機嫌麗しゅう、王様・・・」
笹倉は、鉄平を吹き飛ばされた刀の刃を、細い舌でぺろりと舐めた。
(なんだ、この人・・・!)
架陰はアスファルトに手を着いて立ち上がると、バットケースの中から、名刀赫夜を引っ張り出した。
戦闘服を着る暇は無い。Tシャツにジャージで挑むしかなかった。
臨戦態勢を整えた架陰を見て、笹倉は満足気に頷く。
「いいねぇ。やはり我らが王様だ。直ぐに戦う準備を整えた」
「君が、襲ってくるからだろ・・・!」
笹倉は、架陰と鉄平の背後を取ってからずっと、射抜くような殺気を放ち続けていた。この状態で、「待て待て、話し合おう」なんて言葉が通じないことは目に見えていた。
鉄平も立ち上がると、野犬のような眼差しを笹倉に向けた。
「てめぇ、武器を持っているってことは、【UMAハンター】なのかっ!」
「違うよ・・・」
笹倉はニヤニヤしたまま首を横に振った。
「オレは、【悪魔の堕慧児】の一人、【笹倉聖羅】さまだよ・・・」
「あくまの、おとしご・・・!?」
聞いたことが無い。何かの組織の名前だろうか。
笹倉は説明することもせず、右手に握った刀を中段に構えた。
「さあ、行くぜ。【名刀・雷光丸】」
ドンッ!!
笹倉が踏み込んだ瞬間、アスファルトに蜘蛛の巣のような亀裂が入った。
「っ!?」
架陰は咄嗟に赫夜を抜いて、笹倉の振り下ろした刃を受け止める。
ギンッ!!
劈くような音がこだました。
勝気の笹倉は、刃を引かない。架陰に止められてもなお、踏み込み、押し込んでくる。
刃と刃が擦れ合い、「ギリギリ」と不快な音を立てた。
「へぇ、なかなかいい刀を使っているな・・・」
「くっ・・・!」
笹倉の力は凄まじかった。
架陰の足が、数センチ下がる。
「架陰!!」
鉄平が鉄棍を振った。
笹倉は直ぐに跳躍して、鉄平の攻撃を躱す。
「危ねぇ危ねぇ・・・」
名刀・雷光丸の刃にそっと指を触れる。
「架陰、お前の刀、オレの刀に似ているな・・・」
「似ている・・・!?」
「ああ、金属の響きといい、刃の色といい、オレの名刀雷光丸と80パーセント似ている・・・」
架陰はギリッと歯ぎしりをした。
「似ているわけないだろう!」
笹倉の言っている意味が分からなかった。
自分の名刀赫夜は、アクアの厚意により、匠によって打たれた一級品。斬れ味も、硬さも極上。
簡単に人を襲ってくる笹倉の刀と、一緒にされたくなかった。
「似ているさ・・・」
笹倉は、名刀雷光丸を両手で握った。
「まあ、ここは似ていないがな」
その瞬間、名刀雷光丸の白銀の刃が、黄金に輝いた。
眩い光が、架陰の眼を直撃する。
「これはっ!?」
「こいつは、能力武器だぜ!!」
刀身から、バチバチと、黄金の閃光が弾けた。
「喰らえ、【名刀・雷光丸】!!」
笹倉が刀を一閃した瞬間、刃から放たれた雷撃が、コンクリートの上を這って架陰に迫った。
「この程度!!」
架陰も能力を発動させる。
「魔影・弐式!!」
架陰の身体から、漆黒のオーラが沸き立った。
「魔影刀!!」
頭に思い浮かべる。魔影が、刀に纏い、黒き大剣と化している様子を。
想像で、魔影は色々な形になる。そうやって戦ってきた。
だが、今回は違った。
「っ!?」
魔影が、思い通りに動かないのだ。
ずっと空中に漂っているだけ。
さらに言えば、いつもより、黒色のオーラが多いように思えた。
(何が、起こってる!?)
「架陰!!」
鉄平が架陰を突き飛ばす。
バリバリバリバリバリ!!!!
架陰が立っていた場所に、笹倉の放った雷撃が直撃した。
アスファルトが黒く焦げる。
笹倉は、下品に大口を開けて笑った。
「あはははははっ!! 架陰、お前の能力、オレの気配に反応して、上手く操れていないじゃないか!!」
「気配に、反応して・・・!?」
まさか、先程架陰の魔影が操れなかったのは、この笹倉という男の影響だったのか。
架陰にはわからない。この男の正体が。
だが、笹倉は知っていた。架陰が何者であるか。架陰の能力の性質を。
「おもしれぇ。やっぱり、お前は王様の力を秘めてやがるな!!」
再び名刀雷光丸を構える笹倉。その瞳は、瞳孔が開ききって朱に充血していた。
まるで、魔影壱式を発動させた時の架陰のように。
鉄平が、鉄棍を笹倉に向けた。
「てめぇ、何もんだ!!」
「さっき言っただろう。オレたちは、【悪魔の堕慧児】だって!」
「んなもん知るかっ!!」
UMAハンターになって経験が深い鉄平ですら、【悪魔の堕慧児】なんて言葉は聞いたことがなかった。
笹倉は、八重歯を見せて笑った。
「なら、これを見てもらおうかっ!!」
ギンッ!! と目を見開く。
その瞬間、笹倉の身に異変が起こった。
口が耳まで裂け、白い牙が顔を覗かせる。
体表が、赤褐色に染まった。
(この人、姿が変わっている!?)
身に纏う学ランの布を突き破り、コウモリ、いや、悪魔のような翼が姿を現した。
ブチブチ、メキメキと、骨が軋み、肉がちぎれる。
そして、笹倉の上半身と下半身が完全に分離した。
「あははははっ!!!」
笹倉の声が、1オクターブ上がった。
「これがオレの能力、【ガーゴイル】だ!!」
「ガーゴイル!?」
「って、UMAの名前じゃねぇかっ!!」
架陰と鉄平は、初めて、理解が追いつかないものを見た。
二人の前に立ち塞がるのは、人智を超えた生き物。
人間から、化け物へ姿を変えた、笹倉の姿だった。
「教えておいてやる。【悪魔の堕慧児】ってのは、【UMAに変化】できる者のことを言うんだよ!!」
その②に続く
武器図鑑【名刀・雷光丸】
製作者【初代 鉄火斎】
斬れ味 ★★★★☆
強度 ★★★☆☆
能力値 ★★★★★
刃から電撃を発生させ、任意で放つことができる。クロナの名刀黒鴉のようにエネルギーをチャージする必要は無く、動力、日光で自動充電をしている。




