第36話 絶望を断ち切る翼 その③
私は烏
貴方を導く
純白の鳥
3
クロナは、黒闇の中で目を覚ました。
「ここは・・・?」
身体が、水中にいるかのようにふわふわとしている。嗅覚も触覚も失われ、ただ、意識だけがそこに存在した。
記憶がロードされ、頭の中に鮮明に蘇る。
「そうか、私・・・、死んだんだ・・・」
首を落とされた白陀は、最後の抵抗を見せた。
数秒間の僅かな力を振り絞り、架陰を道連れにしようとしたのだ。
それを庇ったから、自分が死んだ。
後悔はしていなかった。
あの雨の日、白陀に襲われた自分を、身を呈して守った兄の黒真と同じことをしたのだ。そう思うと、誇らしく思えた。
名刀・黒鴉を使いこなし、大切な人の命まで救ったのだ。
まるで兄と同じようになれた気がして、幸福感がクロナを包み込んだ。
「やあ、クロナ・・・」
いつの間にか、クロナの目の前に、兄の黒真がたっていた。
十年前と変わらない、柔らかな微笑みを浮かべていた。
兄が出てくるということは、やはり自分は死んだのだ。
「久しぶりだね・・・」
「お兄ちゃん・・・」
黒真はクロナの頭を撫でた。暖かかった。
「よく頑張ったね」
「うん、私、頑張ったよ・・・」
「兄ちゃんは幸せだ。クロナが強くなった所を見れて・・・」
「うん、私、強くなったのよ・・・」
兄の声が震えた。
「ごめんな、本当は、ずっと傍にいて、ずっと護りたかったんだ・・・、でも、それは叶わなかったよ」
「そんなことない。お兄ちゃんそのものだった黒鴉が、私を助けてくれたよ・・・」
「本当は、お前を、UMAハンターには、したくなかった・・・」
私だってUMAハンターになりたくはなかった。こんな痛くて、辛いことは、御免だった。
「でもね、大切な人に、会えたんだよ・・・。今更、『なりたくなかった』なんて、言えないよ」
黒真は痛いほど優しい笑顔で、クロナの話を聞き続けた。
「ねえ、お兄ちゃんが洗ってくれた私の服、いつもお日様の匂いがしていたんだ・・・。お兄ちゃんが作ってくれたご飯、いつも美味しかった」
クロナは、本能的に何かを悟った。今言わなければ、もう二度と、兄に会えないような気がしたからだ。
この時間を利用して、この十年間溜め込んで来たものを吐き出す。
「お兄ちゃん、いつも私を送ってくれた。かっこよくて、優しくて、自慢のお兄ちゃんだった」
「ああ、クロナも、オレの自慢の妹だよ・・・」
クロナは、兄の手を強く握りしめた。
「お兄ちゃん、私、もう、お兄ちゃんと離れたくないよ・・・」
「オレもだよ・・・」
兄のその言葉を聞いて、クロナは歓喜した。
もう、二度と兄と離れ離れになることはない。例え、地獄に堕ちようと、二人で手を繋ぎ、ずっと一緒にいられるのだ。
だが、兄は震える声で言った。
「でも、無理だ・・・」
「え?」
次の瞬間、黒真はクロナの手を振りほどいて、クロナの胸を強く押していた。
まるで無重力空間に放り出されたように、クロナの身体が飛ばされる。
「クロナ、お前はまだ、ここに来てはいけない・・・」
クロールのように腕をかいて、兄の元に戻ろうとした。しかし、どれだけ足掻こうと、兄の姿は小さくなっていった。
「お兄ちゃん!!」
ダメだ。
まだ、離れたくない。
行かないで。
「ずっと一緒にいてよォ!!」
黒真は悲しげな表情で首を横に振った。
「ダメなんだ。お前は、まだ死ぬべきじゃない」
「もういいの!! 死んでもいい!!お兄ちゃんと一緒にいられたら、それでいいのよォ!!」
「ダメだ!!」
兄の怒号を、初めて聞いた。
「お前には、仲間がいるはずだ・・・」
クロナの脳裏に、架陰、響也、カレンの顔が浮かんだ。
黒真は、赤子をあやすような声で言った。
「お前は、運命を乗り越えた。だけど、あの三人は、まだ来る運命を乗り越えていない・・・。だから、クロナ、お前が、彼らを導いてやってくれ・・・」
「私は、そんなにすごくない!!」
「大丈夫だよ」
兄は、にっこりと笑った。
「【八咫烏】は、導きの鳥だ。黒鴉を握ったクロナは、導きの鳥になれたんだよ・・・。だから、大丈夫。お前は必ず、彼らを導ける!!」
兄の姿が、消えていく。闇に、紛れていく。
クロナの体は、光の射す方へ、引き寄せられていった。
クロナは、「わかったよ・・・」と、涙で震えた声で頷いた。
生きればいいんだろう?
この足で、歩けばいいんだろう?
仲間と一緒に、戦えばいいんだろう?
わかった。全部わかったから。兄が言いたいことを、この体で、体現していくから。
せめて。
「私を、見守っていてよ・・・」
クロナの耳に、兄の声が届いた。
「ずっと傍にいる」
クロナは泣いた。
大声で泣いた。
何度も、「ありがとう」と叫び続けた。
雨は止んだ。
クロナは、自らの意思で、現実へと泳いでいった。
早く目覚めないと、あの人たちが心配する。
そう思い、歩みを速めた。
あの人たちは、私の仲間だ。
だから、私が導いてあげるんだ。
【白陀編】・・・完結
謎の男「・・・、ああ、そろそろ、彼らが目覚めそうだな・・・」
新章【架陰奪還編】
次回より開幕




