第35話 名刀・黒鴉 その①
影を追う
まどろみの夏休み
1
蛇山の外・・・。
キャンピングカーで一泊をしたアクアは、寝ぼけ眼を擦り、寝袋から這い出た。
近くにあったミネラルウォーターのボトルに手を伸ばした瞬間、ペットボトルの中の水面が小刻みに揺れた。
「地響き・・・」
直ぐに分かった。この山の中に潜む白陀が動き出したと言うことを。
白陀は夜行性だ。陽光が登った時に動き出すということは、誰かが白陀の眠りを覚ましたということ。
白陀の逆鱗に触れてしまったということだ。
「頼むわよ・・・」
アクアは両手を合わせ、自分の子供たちと神様に祈った。
「無事に、生きて帰ってちょうだい・・・」
脳裏に浮かぶ、黒真の姿。
後悔していた。あの時、あの雨の日、黒真と分かれてしまったことを。もう少し、一緒に歩いてやれば良かった。そうすれば、彼が死ぬのを回避できたかもしれない。
クロナを、あそこまで追い詰めなくてもよかったのかもしれない。
キャンピングカーの扉がノックされた。
「アクア、入るよ・・・」
扉が開き、赤スーツの長身の男が入ってくる。富士額の赤みのかかった茶髪で、穏やかな目をしていた。
「味斗、どうしたの?」
【火村味斗】。10年前、アクアが所属していた班の四席だった男だ。
アクアは、突然尋ねてきた、かつての仲間に驚きを隠せなかった。
「ちょ、ちょっと。顔洗ってないから!」
直ぐに水道に向かい、顔を洗う。
「で、どうしたの? 椿班の総司令官のあなたが・・・」
タオルで顔を拭きながら尋ねる。
「様子を見に来たんだよ」
味斗はくすりと笑って、傍のソファに腰をかけた。
「君が、この山を使って、UMAを狩るって言うからさ・・・」
「ええ、でも、思っていたのと違ったわ」
「【スフィンクス・グリドール】さんのことか・・・」
知っていたのか。
「ええ、私は、あの人が研究していた【白陀】をあの山に放つようにお願いしただけで、他のUMAまで放てとは言っていないわ」
「あの人は、マッドサイエンティストって呼ばれているからね」
アクアが計画していたのはこうだ。
あの入口から登っていけば、小道に出る。小道を道なりに進めば、山の頂上につくのだ。
そこで、黒真の兄が残した「名刀・黒鴉」を回収できる。
そして、山の反対側に下れば、「白陀」の住処に辿り着けるわけだ。
あの刀と、桜班四人の力をもってすれば、不可能な任務ではない。
だが、もし、あのマッドサイエンティストが放った別のUMAに足止めを喰らい、体力を大幅に削られていると、勝算は著しく下がる。
「多分、この任務が終われば、【ハンターフェス】の招待状が届くはずだよ」
味斗は、赤スーツの内ポケットから白い封筒を取り出した。
招待状だった。
「椿班にも届いたんだ。噂によると、【薔薇班】、【向日葵班】、【百合班】も呼ばれているらしい」
「へえ」
初耳だ。
「【向日葵】と【百合】の素性は何となく分かるけど、【薔薇】は、謎が多いわね」
「うん。この最近、ずっと班長不在で、活動を自粛していたからね。でも、きっと曲者揃いだよ・・・」
味斗はアクアを指さした。
「その曲者の一つが、君の【桜班】だよ」
「まだうちはCランクよ」
「この任務を終えたら、Aに上がるさ。それに、君の班、すごく噂になっているよ・・・」
「噂?」
昔から噂の絶えない班ではあったが、味斗に言われる程のことなのだろうか。
「うん。新入りが入ったって」
架陰のことか。
「その新入り、【能力者】なんでしょ?」
「・・・」
「おかしいよね。10年前、僕達が起こしてしまったあの事件から、能力者は生まれていない。DVLウイルスに感染して、能力を封じられているんだよ・・・」
「私も、その点は不思議に思っていたのよ」
DVLウイルスは、能力者を弱体化させる。正確に言えば、「能力者の可能性があった者の能力開花を封じる」ということ。
アクアがまだ能力を使えるのは、DVLウイルスが世界に蔓延するよりも先に能力に目覚めていたから。
そして、味斗も同様だ。
だが、10年前、7歳であった架陰も能力のようなものを身につけている。
7歳で能力を開花させた者など、聞いた事がなかった。
架陰だけ、DVLウイルスの影響を受けなかったのか。
それとも、DVLウイルスに、「ゆるされた」存在なのか。
アクアはこのことを周りに言いたくなかった。
特に、ハンターフェスを主催しているあのマッドサイエンティストにだけは。
彼に知られたら、彼はまず桜班を襲撃してくる。架陰を連れ去り、人権など気にせず、実験を始める。
スフィンクス・グリドールは、「多聞天」の称号を得る、SANA最強ハンターの一人だ。
四人が束になって防衛したところで、勝ち目は無い。
「ほんと、心配事が絶えないわね・・・」
アクアは深いため息をついた。
その②に続く
その②に続く




