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UMAハンターKAIN  作者: バーニー
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第1話 UMAハンターの少女

半年以上前に連載していたものですが、受験等も重なり、更新出来ていなかったので、改めて連載を再開します。


よろしくお願いします〜。

読んだ本の内容があまりにも平和なものだったため、架陰は本の栞を抜き取ってパタンと閉じた。奥付を見てみると、10年前の初版だった。


『やっぱりね』


1人予想が当たり、1人で喜ぶ。おかしいと思ったのだ。男女が夕暮れ時を手を繋いで歩くなど。


今どきそんな平和的な小説を出版すれば、『不謹慎だ!』と世間からバッシングを受けるだろう。


と言っても、架陰は1人で夕暮れ時の路地を歩いていた。


『ほんと、住みにくい世の中になったよな』


チラリと塀に貼り付けられた張り紙に目をやる。


ーUMA出没注意!!ーと、赤と黄色の文字で刺々しく描かれていた。


UMA(ゆーま)』とは、『未確認動物』のことだ。ツチノコやビッグフット等が有名だろうか? それが、出没注意ということは、そのままの意味で『この近くにUMAが出る』という事だ。


10年前だっただろうか。架陰はまだ6歳で記憶は不鮮明だが、ニュースでアナウンサーが重々しい口調で『大変なことになりました』と言っていたのを覚えている。


アメリカの方で、ある凶悪なウイルステロが起こったらしい。


人間以外の動物の遺伝子の突然変異を促し、凶暴且つ、異形化させるウイルス。つまり『UMA化を促進させるウイルス』が、世界中に広まってしまったのだ。


動物園のライオンは凶暴になり、カエルや魚は巨大化して、人間を襲い始めた。命を落とした人もいるらしい。


そして、そのウイルスは日本にもやってきた。


各地の小中高学校では集団登下校が義務付けられ、夜間の無用な外出は年齢問わず補導の対象となった。


護身武具の販売も増え、携帯を持つようにスタンガンを持つ者が増えた。そして、暴力事件も増えた。


日本、世界各地の治安は乱れ、皆UMAという怪物を恐れて疑心暗鬼になってしまったのだ。


しかし、この、大倉町で16年間過ごしてきた架陰にとって、世界がUMAに覆い尽くされた感覚も、それに怯える感覚も無かった。架陰はまだ、UMAを見たことがなかったのだ。


唯一変わったといえば、『息苦しくなった』だろうか。


いるかどうか、幻想か伝説かも分からない生物に怯えて、自由に動くことの出来ない日々。


架陰は空が好きだった。昼間の青も、夕方のオレンジも。その好きな空がUMAという存在に制限されているようで、気分が悪かった。


今回架陰が夕暮れの道を、1人で帰宅しているのにも、そういった世間とUMAへの抵抗があった。






この時の彼の行動が、後に世界を揺るがす出来事に発展していくことなど、まだ、架陰も、誰も知らなかった。





2


ふと、架陰は足を止めた。


鼻を刺すような異臭が漂ってきたからだ。吐き気を催す、とまではいかないが、とにかく嫌な匂いだ。思わず鼻をつまむ。


なんだ、何の臭いだ?


いつもならこんな臭いを気にしない。しかし、この近くの民家で甘夏を育てているのを架陰は知っていた。この季節になると、それが、風に乗ってふわりと香る。UMAに怯えて溜まり切った疲労を和らげてくれる匂いなのだ。


その香りが、この異臭に掻き消されて感じることが出来ない。脳みそに染みてクラクラした。


どこからか漂ってくるのか。


架陰はその臭いに釣られて、どんどん室外機が密集する裏路地へと入っていった。


臭いが強くなった。この方向で合っているのだろう。


その臭いに混ざり、ある音が耳に入ってきた。クチャクチャ、クチャクチャと汚水の滴る雑巾を絞るような不快な音だ。


架陰は鳥肌が立つのを感じた。恐怖心からだった。しかし、『逃げよう』とは思わなかった。


心の中で恐怖と好奇心が拮抗しながらも、奥へと進む。


そして、架陰は見てしまった。


『あっ、』


臭いの正体を見た時、架陰は反射的に足を止めた。背中から冷や汗がドッと吹き出した時、自分の行いを後悔した。


それは、原型を崩した『人間』だったのだ。


腹を裂かれて、ピンクの筋繊維と内臓が絡んでいる。足元にソレから流れ落ちた血が血溜まりを作って、架陰の白い靴を朱に染めていた。


『うわああ!!』


架陰はここに来てようやく悲鳴を上げた。


その声に反応して、その人間を喰らっていた犯人が架陰の方を向いた。


図鑑で見るよりも丸々とした腹がドクンと脈を打ち、赤色に光る八つの単眼がギョロりと蠢く。



『く、蜘蛛!?』



この不快さと恐怖を表すためには、どのような動物に例えるのが適当だろうか。


オオカミほどの身丈を持った蜘蛛が、人間の肉を喰らっていたのだ。


『うわあああ!!』


架陰は急いで逃げ出した。しかし、脚に力が入らず、室外機に躓いて転ぶ。


振り返ってみれば、巨大な蜘蛛が牙をカチカチと鳴らしながら近づいてくる。その八つの眼に映るのは、獲物の姿だ。


架陰の頭の中を『UMA』の一言が駆け巡る。


UMAのほとんどが、突然変異で生まれたもの。それは知っている。

こんなに大きくなるなんて、想像していなかった。


この日本で『人間が蜘蛛を食べる』なんて聞いたことがないし、まして『蜘蛛が人間を食べる』など。


無知ゆえに命を落とす。


蜘蛛が地面を這って架陰に襲いかかった。


腰が抜けた架陰にその猛進から逃げる気力などない。


架陰は自分の死を覚悟して、目を閉じた。


数秒後、架陰の体は蜘蛛の鋭い牙に両断され、その断面から生臭い血液を大量に撒き散らしてコンクリートの上にどちゃっと落ちた。





とは、いかなかった。




突然架陰を強い衝撃が襲う。蜘蛛に攻撃されたよりも、何者かに脇腹を抱えられ、強引に空中に攫われたようなふわっとした感覚。


痛みが無いので、 架陰はゆっくりと目を開けた。そこは、民家の屋根の上だった。


『えっ?』


何が起きたのが分からず、辺りを見回すと、薄紅の着物を身にまとった少女が架陰の横に立っていた。


少女の背丈は架陰と同じくらいで、ミディアムの黒髪が風にふわりと揺れ、甘い香りが漂う。


『君は?』


突然現れた少女に困惑する架陰。


少女はくりっとした目を架陰の方へ向けると、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。そして、頭突きをする勢いで架陰に顔を近づけた。


『あんたねぇ! ここがUMA出没地域だってわかってんの?』


『えっ?』


『ったく、張り紙にもあったでしょ? UMAの出没が予期されている地域での無用な外出は避けないといけないのよ! 来てみれば死人は出てるし、馬鹿は襲われているし。始末書を書くのはアクアさんなのに』


少女は一方的に架陰を叱責した。しかし、顔を近づけられている架陰は気恥しくて、話を聞ける場合ではなかった。


『あ、あなたは誰なんですか!?』


少女の言葉が切れた時を見計らい、架陰が尋ねる。


少女はその質問を待ってたかのようにニヤリと八重歯を見せて笑った。そして、着物の裾から革手帳を取り出して架陰の眼前に翳した。


架陰は少し顔を引いてその手帳をのぞき込む。


アルファベットで『SANA』と印刷されていた。


『未確認生物研究機関SANAより派遣されたUMAハンター大倉高校桜班の第三席、雨宮クロナよ』


雨宮クロナ?


UMAハンター?


架陰の頭の中に大量の『?』が浮かんだ。しかし、SANAはアメリカ政府が設立したUMAの研究機関だということはテレビのニュースなどで聞いたことがある。


その機関から来訪したという『UMAハンター』だから、


『UMAを狩るのか?』


架陰は恐る恐る口を開いた。


少女、いや、雨宮クロナは悪戯に微笑んだ。その挑戦的な目は、『正解』と諭しているようだ。


『そこで見ていなさい。我々UMAハンターは、天命を持って人間に危害を加えるUMAを駆逐、捕獲を行う』


屋根から見下ろせば、獲物(架陰)を逃した蜘蛛が先刻殺した人間を捕食している。


『見たところ、巨大化系のUMAね。あの形から推測すれば、オニグモが変貌した鬼蜘蛛と言ったところかしら』




UMA図鑑【鬼蜘蛛】

体長1.5メートル 体重48キロ

オニグモが突然変異により巨大化した姿。蜘蛛特有の巣などは張らない。獲物の腹を裂き、中の体液だけを吸い取る。




クロナの着物が風にふわりと揺れる。その腰には、黒光りする棒・・・、日本刀だ。


飲み込めないことだらけだっ。彼女は何者なのか、UMAとは何なのか、どうして自分は助かったのか、あんな大昔の武器でUMAを狩ることは出来るのか。


クロナは屋根を蹴って飛び降りた。コンクリートの上を白い足袋で踏みしめる。


直ぐに鬼蜘蛛は反応した。


捕食をやめ、再び現れた獲物を八つの単眼で把握し、一直線に突進してくる。


『速い!?』


上から見ていた架陰は、鬼蜘蛛の速度に背筋が冷たくなるのを感じた。


通常サイズの蜘蛛は、地上を時速16キロで走ると言われている。虫の世界でこのスピードは最速とも言われ、逃げることはできまい。


これを人間と同じサイズにすれば、そのスピードはさらに加速されるだろう。


そんなスピードに反応出来るわけない。


『速いくらい分かっているわよ』


クロナは冷静に身構える。


鬼蜘蛛が目の前まで迫った時、瞬時に右側に躱す。そして、すれ違いざまに腰の刀の柄に手をかけた。そして、


『はい、おしまい』


白銀の刃が西日を反射してぎらりと光った瞬間、鬼蜘蛛の左半身第一脚から四脚がバラバラに切断されたのだ。


切断面から透明の体液が吹き出す。


脚を失った鬼蜘蛛は『キイイイイ!』と悲鳴を上げてその場に崩れ落ちた。


クロナは余裕の表情で刀の刃先を確認した。


『うん、刃こぼれも返り血も無し。さすがSANAの新武器【鉄刀】の切れ味は最高ね』


そして、一薙して、コンクリートの上でもがく鬼蜘蛛に向き直った。


『これなら、その丸々とした腹も裂けるかもしれないわね』


クロナの瞳が鋭く光る。


屋根から一部始終を見ていた架陰は、『すごい』とため息をついた。


数メートルの屋根から飛び降りてもビクともしない脚。一瞬で鬼蜘蛛の動きを見極める動体視力と居合の速さ。


そして、怪物相手に恐怖しない屈強な精神。


『これが、UMAハンターなのか!?』


鬼蜘蛛は必死に抵抗をしようとするが、半身の脚を失ったため、その場から1歩も動けずにいた。その焦りが、腹の畝りから伺えた。


クロナは容赦はしなかった。


『じゃあね』と言って、刀を鬼蜘蛛の腹に突き立てた。


甲殻を突き破った刀は、するりと鬼蜘蛛を貫通。傷口からどぷっと体液が吹き出した。


その時だ。


蜘蛛の腹から黒い影が四方八方に飛び散った。


『!?』


反射的に感じた恐怖に、クロナは刀を手前に引いて鬼蜘蛛の腹を両断すると、サッと後退した。黒い影の見た時、クロナの顔からサッと血の気が引く。


『蜘蛛の子?』


それは、ネズミ程の小さな蜘蛛だった。気がつけば、足元、塀、敷地内の木の幹をウヨウヨと這っていた。


その名の通り、『蜘蛛の子を散らし』ていた。


クロナは舌打ちをした。


『腹に卵嚢を持っていたのか! 気づかなかった』


今まさに母親の体内から生まれた子蜘蛛達は、それぞれ立派な牙を持ち、かちかちと鳴らして凶暴性はむき出しだった。


約100匹の蜘蛛の相手は分が悪い。ここは屋根の上にでも退いて体制を立て直すか。


そうクロナが思った時、突然クロナの右足首がカッと熱くなった。


『ぐっ!?』


脚の力が抜けて、その場に跪く。


見れば、1匹の蜘蛛が足首に牙を立て、足袋から血が滲んでいた。


『離れなさい!』


クロナが刀を振り上げる。しかし、それよりも早く蜘蛛がクロナのアキレス腱を噛みちぎった。


足首から脳に掛けて激痛が走る。たまらず刀を落としてしまった。


クロナの異変は、カランと響いた金属音で分かった。


『あ、雨宮さん!?』


屋根から身を乗り出してUMAハンターの名を呼ぶ架陰。しかし、その行為が命取りだったらしい。


『逃げなさい!』


クロナが苦痛に歪んだ顔で叫んだ。


もう遅かった。


数十匹の子蜘蛛が屋根の上の獲物に気づいたようで、塀、家の壁を這って架陰目掛けて接近する。


『うわあ!』


逃げようとしたが、蜘蛛と高い屋根からの景色に腰が抜けて動けない。


見かねたクロナが日本刀を拾い上げ、架陰の方へ投げた。


『これで払いなさい!』


いきなり真剣を手渡された架陰。柄を握った瞬間、鋭い刃物の気迫に身を竦めた。


その間が、蜘蛛に十分すぎる時間を与えたらしい。気がつけば、血に飢えた蜘蛛に四方八方を囲まれていた。


『なにやってんのよ! 早く、きゃあっ!』


クロナの叫び声が途切れる。大量の蜘蛛が覆いかぶさったのだ。


『クロナさん!!』


一瞬でクロナの姿が分からなくなる程蜘蛛が取り付く。あの山の中で、あの死体となった人間のように喰らわれているのか。うぞうぞと言う音が屋根の上までおぞましく響いた。


『助けないと!』


架陰は刀を握り直して立ち上がろうとしたが、それよりも先に子蜘蛛の雪崩が架陰を襲った。


『っ!』


強い力で押し倒され、身体中に鋭い牙を突き立てられる。くじゅっとした肉を突き破る感覚とともに、架陰の体を巡る熱い血液が吹き出した。


『があっ!』


痛さを逃れるため、脳がアドレナリンを放出する。意識が薄まるのは早かった。


架陰は、大量の蜘蛛に覆われながら『ははっ』と苦笑を浮かべた。


本当に、嫌な人生だ。


UMAに怯えて、UMAを信じず、そして、UMAに殺される。


架陰は、死にゆく自分に謝った。


架陰は、涙で目を腫らしてこちらを睨む。


ごめんね(許さない)、さようなら(逃がさない)、僕は(そう僕達は)、独りで(誰にも見られず)、平穏に浸る(生き血をすする)。


僕が僕であるために、僕は僕を殺して、僕の僕は僕に殺されて、僕の僕僕、僕の僕は、僕で僕の僕僕僕僕僕僕僕僕僕の僕の僕は僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕僕



あれ? この感覚、どこかで覚えているぞ?



3

(やっと僕に気づいてくれたみたいだね)


ある男の声で、架陰は目を覚ました。泣き腫らした顔を上げると、その男は暗闇の中にぼんやりと立っていた。


高身長の黒いスーツで、金髪の間から金色の瞳が不気味に光る。白い肌と細い顎のラインは、外国人のようだ。


架陰はその男をじっと見ていた。


反応を示さない架陰に、男は苦笑を浮かべた。


(もう少し、驚いてもいいのにね)

架陰だって驚きたかった。しかし、ここはなんでも起きる夢の中だろう。自分の想像力でなんとかなる世界の出来事に、いちいち冷静さを欠いていられなかった。いや、もしかしたら自分は既に鬼蜘蛛に殺されているのではないか。ならば、ここは『あの世』。この男は死神の類が。


(違うよ)


架陰の考えを読んだのか、男はくすりと笑って首を横に振った。そして、ぬうっと架陰に近づき、優しく彼を抱きしめた。


『!?』


(もっと欲を持て、他人がどうなろうと構わない。気に入らない者を消し去っても満たされない欲を)


その恐ろしい意味を含んだ言葉に寒気を覚えた架陰は、反射的に男を突き放した。


拒絶されたにも関わらず、男は笑顔を絶やさなかった。


架陰は思わず、『あなたは誰ですか?』と尋ねていた。


(さあ、誰でしょう?)


そういわれて、返す言葉が見つからず間を置く架陰。ハッキリとした答えは出なかったが、思ったままのことを口にした。


『あなたはまるで、悪魔のような人ですね』


架陰の口から出た言葉に、男は目を丸くする。そして、無邪気な子供のように満面の笑みを浮かべた。



(それ、最高の褒め言葉だよ)



その瞬間、架陰の心臓が大きく脈を打った。身体が焼けるように熱くなり、脂汗が吹き出す。


『ぐうっ!?』


たまらず暗闇の中に蹲り、我が身を抱く。


痛い痛い痛い痛い痛い痛い、、なんだこれ!?


(悪いけど、君に死んでもらう訳にはいかないんだ)


だから、僕の力を貸すよ。


悪魔のように冷淡で、影のように静かな僕の力を。


『ああああああああぁぁぁあ!!!!!!』


あまりにもの苦しみに、架陰は発狂した。



ああ、僕は本当の僕を知らない

仮に僕が人を喰らう牙を持っているのならば


僕は僕を『絶望』と呼ぶ





4

クロナの着ている着物は特別製で、少し牙を押し当てられたくらいでは切れることは無い。すなわち、肉をえぐられることは無いのだ。


クロナは、やっとの思いで身体中にまとわりついた子蜘蛛を払い除けて立ち上がった。少しほおの部分から出血があるが問題は無い。今度からは足袋も強化してもらわないといけないな。


『帰ったら、桜餅食べなきゃ』


相変わらずクロナの右足首は激痛を伴っていた。しかし、常人ではないUMAハンターのクロナにとって、左足を軸に戦えばいい事だった。


それよりも気になるのが屋根の上の架陰だ。彼も自分同様鬼蜘蛛に襲われたが、彼は自分のような強い着物を持っていない。鬼蜘蛛にかかれば、あの学ランなんて簡単に噛みちぎられるだろう。


クロナは左足で跳躍して、屋根の上に着地した。


見れば、架陰のたっていた所に蜘蛛の山が出来て、カサカサと音を立てていた。


その中から、日本刀を握りしめた架陰の手が伸びている。


その悲惨な光景に、クロナは思わず目を背けた。


また、犠牲者を出してしまった。


幸い、子蜘蛛は架陰を食らうのに夢中になっていて、クロナに気づいていない。今なら、この民間人の敵を打つことが出来るだろう。


クロナは息を殺して蜘蛛の山に近づいた。そして、そっと架陰の握る日本刀に手を伸ばした。


クロナの白い手が日本刀を掴んだ時、ある奇妙なことが起きた。


『?』


なかなか、架陰の手から日本刀が離れない。力強く引いてもだ。


クロナが死後硬直を疑って日本刀から手を離した瞬間、蜘蛛の山が大きく脈を打った。


驚きのあまり、半歩下がったクロナの目の前で、蜘蛛の山が弾け、数百匹の蜘蛛が空中に飛ばされた。


弾けた蜘蛛の山の中から、黒い影が飛び出し、空中に舞う蜘蛛たちを一瞬で切り刻む。




架陰だった。




架陰は日本刀を低く構えて屋根の上に着地した。その身体には、あれだけ噛み付かれたというのに、傷一つ残っていない。


『あなた無事なの?』とクロナは近づこうとしたが、架陰から放たれる殺気に足を止める。いや、足がすくんだ。


切り刻まれた蜘蛛の体液が雨のように降り注ぎ、生臭さが充満する。思わず嗚咽を漏らしたクロナに対し、架陰の反応は無かった。


明らかに様子がおかしい架陰に、クロナは距離を取ったまま『あなた、何者?』と訪ねた。


言った後、何故そんな言葉を発したのかはよく分からない。彼は高校生で、武力を持たぬ一般人なのだ。そんなわかり切った事ではなく、クロナは架陰の『意識』の奥底を本能的に探っていた。


架陰は、何も反応を返さない。


そうしている間に、残っていた蜘蛛が集まってきた。


8つの目がギラギラと光り、牙がかちかちと音を立てる。皆、架陰に対して殺意を持ってにじり寄ってきた。


この数を相手するには、武器がいる。


クロナは架陰をチラリと見た。彼の握っている日本刀があれば可能なことだが、今、クロナが日本刀を握って戦うよりも、彼の殺意を蜘蛛に向けた方が確実なのではないか。


そんな考えがクロナの冷や汗と共に脳を過った。


その予想通り、架陰は刀を振り上げた。


全身の毛が立つ悪寒を感じたクロナは、左足で屋根を蹴って隣の家の屋根に飛び移った。


それと同時に、架陰の振り下ろした刃が数匹の蜘蛛を両断する。


『!?』


それを合図に、他の数十匹の蜘蛛が架陰に襲いかかった。


四面楚歌の蜘蛛の包囲網。しかし、架陰は迷うことなく、五面の空へと跳躍してその猛攻を交わした。


『なんて脚力なの!?』


約7m跳び上がった架陰の脚力に、思わず声が出るクロナ。


架陰は空中で体勢を整えると、着地ざまに数十匹を斬り殺した。


さらに、踏み込んだ右脚を軸にして大回転大薙。四方八方のほとんどの蜘蛛を一瞬にして散らした。


架陰の背後から数匹が迫るが、それをお見通しだとでも言うように、学ランの脇から刃を通してそれを斬り殺す。


『す、すごい』


架陰の鬼神のごとき戦いぶりに、クロナはしばし息を飲んだ。


あの鋭い刃で斬ると言うよりも、『叩き潰す』ような乱雑な斬撃。しかし、そのひと振りひと振りに一点の迷いも感じられない。


白銀の刃に映るのは純粋すぎる『殺意』。それを振り回す架陰は、破壊衝動に駆られた獣だった。


獣は、周りの鬼蜘蛛の子が塵芥になるまで刀を振り続けた。


クロナはその様子を、なるべく架陰の視界に入らないようにしながら眺めていた。


『まさか、能力者?』






架陰は、自分の身に何が起きているのか分からなかった。ただ身体が動き、ただ蜘蛛が死んでいく。自分の意志とは関係の無い何かの力が働いて、この凶行に走らせていた。


それが、恐ろしいと思いながらも、心地いい。


まるで、映画を観るように、架陰は目の前で蜘蛛が散っていくのを見ていたのだった。



5

微かに揺れる感覚がして、架陰はゆっくりと目を開けた。目の前に、クロナの横顔があった。だんだんと意識がハッキリしていき、自分がこの少女におぶられていることに気づいた。


『うわあ!?』


反射的に身をよじった架陰は、そのままバランスを崩して硬いコンクリートの上に腰を打ち付ける。


『なにやってんのよ』


クロナが呆れた顔で見下ろしている。


『すみません』


そう言って立ち上がろうと手をついたが、何故か身体に力が入らない。夜になってすっかり冷たくなったアスファルトの感触だけが擦り切れた手に伝わった。


『ほら、掴まって』


クロナの白い手が架陰に伸びる。仕方なく架陰はその手に掴まった。そして、自分よりも一回り小さい少女の背中におぶられる。


『すぐ近くに病院があるから、そこで検査するわよ』


『え、なんの?』


『UMAに襲われたんだから、念の為よ。私のハンター手帳があればひとまずお金無しに受けられるから』


クロナは、『念の為』と言った。架陰には外見的な異常が見られなかったのだ。あれだけ、蜘蛛に噛み付かれたというのに。


架陰もそれを分かっていた。確かにあの時、自分の身体から血潮が吹き出した感覚がしたというのに。


架陰の頭の中を、夢に出てきた男の顔が過ぎった。


あの人は、何者なんだ?


架陰は唯一動かせる口で、クロナに話しかけた。


『あの、UMAとは何でしょうか?』


『未確認生物 』


クロナの答えは早かった。


『UMAハンターとは、何でしょうか?』


『UMAの確保、駆逐する仕事よ』


『僕は、何をしましたか?』


架陰は恐る恐る訪ねた。


クロナは少し間を置いて、『蜘蛛を殺した』と言った。そして、『あんたのおかげで、助かった』と架陰のしたことをボソリと褒めた。


しかし、架陰は喜べなかった。胸の奥に、暗くてジメジメした何かが詰まっている気がした。


違う、蜘蛛を殺したのは、僕であって僕ではない。


そう言おうとして、架陰は口を噤んだ。代わりに、『僕は、何をすればいいでしょうか?』という言葉が口から飛び出た。


クロナの答えは早かった。




『UMAハンターになりなさい』




春の風が路地を通り抜けていく。それを肌で感じながら、少年は己の運命というものを悟った。



これは10年後の物語。


深淵で独りで泣く悪魔に魅入られたお話。


光明で空へと思いを馳せる影のお話。


ああ、僕は本当の僕を知らない。


時として、僕が人を喰らう牙を持っているのならば。


僕は僕を『絶望』と呼ぶ。





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