わるい日旅立ち
「だから言っただろ?!お盆の時期に旅行なんて行くもんじゃないって!」
温泉街を目指して出発したのが朝の九時。夕方六時を過ぎてもまだ目的地にはたどり着かない。帰省ラッシュな上に交通事故があり、遠回りをしてしまったからだ。さっきカーナビで確認したところ、あと一時間で宿に着くらしいが、それだと花火大会には間に合わない。
「えー、でも、たまには遠くに行きたいじゃんか」
へらりと笑う嶋田に、仕事中の「敏腕営業マン」の面影はない。オンとオフのギャップが激しいのだ。どうして、見積もりの計算は一瞬で的確にできるのに、旅行はお盆にするもんじゃないっていう単純なことがわからないんだろうか。
「こんな人の多い時期に行かなくたってよかっただろ?!」
俺が声を荒げると、「まあまあ」と頭を撫でられる。むかつく。俺、こいつより三つも年上なんだけど。
キッと睨んでも、運転中の嶋田は気づいてない。くそぅ。
と、思ったら、しっかり見えていたみたいだ。
「だって、人が多いほうが俺たちみたいなカップルも目立たないでしょ」
う……そうかも、しれないけど。
「会社じゃ話しかけようとしただけで怒るし、近所に買い物行くときだって、酒井さん、手も繋いでくれないし」
ちくちくと今までの距離感をつつかれるので、俺は黙るしかない。事実その通りだからだ。
「俺たちのことを誰も知らない遠いところに行けば、噂なんてこわがらなくていいでしょ」
そう言って、俺の手を取って指先に口付ける。キザなやつ……って!!
「おい、対向車線の家族連れめっちゃこっち見てた!!やめろ!」
「えー、そのお願いはきけないなあ。我慢してよ」
「やめろっての! このばか!」
嶋田をひっぱたいてやりたいところだけど、運転中だからそれもできない。嶋田はそれをわかってやってるみたいだからむかつく!
むかつくから、先輩として命令してやった。
「コンビニでの買い出し、全部おまえのおごりだからな!」
ビールと酎ハイ、つまみもたくさん買ってやる。そう意気込んで鼻息荒く嶋田に宣言したのだけど、嶋田は笑うばかりで意に介していないみたいだ。視線は前を向いているけど、たまにぺろりと指を舐めるのが小憎たらしい!
「それじゃあ、線香花火でも買って宿でやりましょう。気分が盛り上がったらいっぱい頑張れるように、ゴムをたくさん買いますね。いやあ、お金がかさむなあ」
「あ?花火はいいけどゴムをたくさんってなんだよ!」
「恋人同士の旅行ですよ? まさかエッチさせてくれない、なんてことないですよね? 先輩?」
「こんなときだけ先輩って言うんじゃねえええ!」
あははは、と笑う嶋田が憎たらしい!小憎たらしいどころじゃない!!
でも、なんだかんだ嶋田に甘い俺は、結局致すんだろうな。……俺だって、恥ずかしい気持ちはあれども、一応、こいつのこと、好きだし!
だから、うまく乗せられてる気がするけど、乗せられておくのだ。そう、俺が丸め込まれやすいやつってわけじゃないぞ!あえて後輩の好きにさせてやってんだからな!
〜end〜