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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第2章 宇宙ステーション『新・紅』
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 宇宙ステーション『新・紅』は、その名が示すとおり、日系資本が8割を占めるステーションだ。作られてから20年近くたっており、もう数年で廃棄リサイクル処分になることになっている。

 かつては、宇宙開発の先端を行くステーションともてはやされていたが、老朽化に伴い、研究ステーションとしてより、他惑星との中継ステーション、宇宙飛行士の新人訓練ステーション、及び宇宙体験観光ルートとなっている。

 地球よりの高度は450km。太陽電池パネルがとりつけてある突端からドッキングプレートが並ぶ端まで全長ほぼ260m、その間に作られている2層のドーナツ型の居住区が直径110m。居住区は上下の層が逆方向にゆっくりと回転して、その内側に0.7Gの重力を生み出している。ステーション内の温度は23度前後、気圧は1気圧に保たれ、居住区においては、ほぼ地上と変わらない生活を満喫できる。

 収容人員は50名。そのうち20名が、中継基地として使われているために必要な人員だ。

 乗務員登録者は30名。10名ずつ90日交代勤務になっているが、全員『CN』であることが義務づけられている。何か問題が起こったときには、交代なしで長期の宇宙滞在が可能なように配慮されているのだ。

 このステーションの長を務めるスライ・L・ターンは、今、部下の報告を聞きながら、険しく顔をしかめていた。

「じゃあ、モリは『自殺』した、といいたいんだな、クルド?」

 ステーション居住区の管理室で、壁を背後にしたデスクについたまま、スライは目の前に立っている大柄な男を見上げた。いつもどおり、柔らかな茶色の頬に穏やかな表情をたたえているクルドが、少しためらいながら答える。

「ああ。モリの死因は窒息死……ただし、多量の睡眠薬が体内から検出されたそうだ。特に抵抗した様子もないし、わざわざ、無重力の中央ホールに居たところを見ると…」

 スライは自分の眉のあたりがぴくぴくとひきつれるのを感じた。ちりちりする不快感で今にも爆発しそうな気分になっている。

 長い付き合いのクルドはそれを見抜いている。ゆったりとなだめるような声で、

「あんたにゃ、納得したくないことだろう。だが、ファルプも言ってたが、十中八九『自殺』だと思うな」

「原因は何だ?」

 スライはいらいらと尋ねた。

「モリは『CN』だったはずだ。いまさら『宇宙不適応症候群』でもないだろう」

「さあ…」

 クルドは一瞬、駄々をこねている子どもを見るように呆れ顔になったが、すぐに肩を軽くすくめた。

「だが、モリは日系だった」

 スライはクルドをにらんだ。クルドはたじろいだふうもなく続けた。

「2世代前までは、純、に近い日系……あんたは人権団体からつるし上げをくらうほどの有名な日系嫌いだ。あんたと働くのは難しかったのかもしれない」

「俺は、宇宙でも地球でもろくな働きをしないで居場所がない奴は自己主張なんかせずにおとなしくしてればいい、と言ったんだ。……日系人のことを言ったわけじゃない」

「じゃあ、『GN』のことか」

 クルドがしらっとした顔でまぜっ返して、スライは唸った。

「連邦に入った矢先に『GN』のカナンのやり方にけちをつけたのは、あんたぐらいだよ」

「…それは今、関係ないだろう。……俺は仕事の上で、モリを差別したことなどない」

(俺が日系嫌いだからといって働くのがどうのというのはモリの問題だ。俺には責任がない)

 それはさすがに胸におさめて繕ったが、クルドはごまかせなかった。

「そういうところは、あんたはほんの若造だよ」

 静かに重く首を振りながら、

「何にもわかっちゃいない。人が人を差別するってことが、どんな酷いことなのか、まったくわかっちゃいない。わからないからできるんだ。それこそ、『いまさら』あんたに『GN』になったり日本人になったりしてくれと言ってるわけじゃないが、あんたがはっきり差別してるってことは認めるべきだよ」

「お説教なら今はいらん」

 スライはクルドの凝視から目を逸らせた。

 デスクの上にはボードにとめられた書類がある。

 一番上に、黒髪を肩まで垂らし、黒々とした瞳で気弱そうに笑いかけている1人の娘の写真がある。サヨコ・J・ミツカワ。立体写真は嫌いだと拒んだので、旧式の写真になったのだという。

 その娘の顔に、やはりどこか弱々しい、そのくせ感情が読めない表情を浮かべるモリの顔が重なって、スライはますます顔をしかめた。

「俺は……差別なんかしていない」

 低い呟きに、クルドはいたわるような声をかけてきた。

「あんたが10歳のときのことで拘っているのはわかる…だが…」

「クルド」

 弾かれたようにスライは顔を上げた。

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