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人類が宇宙に進出するにあたって、1つの問題が見つかった。
宇宙に出る回数が増えるに従い、どれほど事前に訓練を積んでも、宇宙へ出たときに原因不明の症状を起こす一群が居るということがわかり始めたのだ。
『宇宙不適応症候群』、そう呼称される。
また、それとは別にほとんど訓練を積まなくても、全く何の問題も起こさないタイプがいた。
重ねられた研究の中で、この両者には遺伝素因が絡んでいること、心理的な問題が大きいこと、前者は『草』を使用する以外に宇宙で安定した作業ができないことが確認された。
現在では、一般的に前者を『GN』、ガイア・ネイション、後者を『CN』、コズミック・ネイションと呼んでいる。
4歳まで、サヨコは自分を『CN』だと信じていた。父母も周囲もサヨコが『CN』であることを疑わなかった。それまで、『CN』は遺伝するとする説がほとんどで、片親だけが『CN』でも、子供は『CN』であることが多く、優性的に遺伝すると考えられていた。
やがては『CN』が人類の大半を占めるようになるだろう、つまりは『CN』こそが人類の進化した姿だろうという理論はここから来ている。
『CN』であるということは、一種のステータス・シンボルになりつつもあった。
だから、サヨコが初めての宇宙旅行に出るときも、両親が『CN』である彼女は形式だけのチェックでスペースプレーンに乗船できた。
今でも鮮やかに覚えている。
暗い夜空を背景に、真っ白なスペースプレーンは、今まさに空へ飛び立つ大きな白鳥のように見えた。きれいね、というと、父も母も笑顔を見せて、宇宙はもっときれいだよ、と答えてくれた。サヨコ自身も、自分がこの白い大きな鳥に抱えられて輝く星の流れの中を飛んで行くのだと思うと、胸がわくわくしていた。
何の不安もなかった。何の恐怖もなかった。客席に座り、スペースプレーンが加速しても、サヨコはこれから広がる未知の体験を思って微笑んでいた。
だが。
乗り込んだスペースプレーンが地球から離れ、軽いGがかかり出すと、わけのわからぬ不安が、まるで紙を透かしてにじんでくる汚れた水のように広がってくるのを感じた。今までに感じたことのない不快感だった。
どうしたの、と母親が尋ねるのに、首を振った。緊張してるんだよ、と父親が解説するのに頷いた。
(だいじょうぶ、だいじょうぶ。おとうさんもおかあさんもいる。なにもこわくない)
そう何度自分に言い聞かせたことだろう。なのに、現実には目の前が次第に暗くなり、頭の上から冷たい水のような寒気が這い降りてくる。
(なにか、へんだ、なにかが、とても。でも、なぜ?)
そう思ったのがサヨコの最後の感覚だった。
宇宙ステーションにつく直前にサヨコは『暴発』した。悲鳴、錯乱、嘔吐、失禁、麻痺、意識消失、血圧低下。『宇宙不適応症候群』に上げられる症状の全てを網羅するほどの激しい発作だった、らしい。
サヨコは緊急医療室に運び込まれ、『草』を投与された。生死の間をさまよい、体力が回復する数日間を利用して、シゲウラ博士がサヨコの心理の管理にあたったという。
サヨコは『GN』。
心理テストはわかりきったことを確認したようなものだった。
シゲウラ博士は、サヨコのケースを父母の了解の元に学会発表した。その見返りとして彼はサヨコの地球での保護者となることに同意した。サヨコの父母は、旅行直後に月基地『神有月』に移住することになっていたのだ。
シゲウラ博士は、サヨコがその特殊性から不必要に疎外されることなく生きられるように配慮することを、サヨコの父母に約束したと聞かされた。
『いっしょにいられないの? わたしが「GN」だから? わたしが「CN」でなかったから、おとうさんもおかあさんも、わたしはいらないといったの?』
サヨコのことばに、シゲウラ博士は一瞬絶句した。それから、首を振り、低い声で、
『そんなことはない。子どもの能力に親の心は遮られないよ』
そう慰めてくれた。
だが、サヨコにはわからなかった。ただ、自分は宇宙を飛べず、そのために父母とは居られず、そして、誰からも見捨てられて当然な子どもなのだ、と感じた。