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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第9章 星渡るオリヅル

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5

 ふいに、サヨコは、自分の体がファルプに抱えられるようにして空間に止まっているのに気づいた。

 幻覚が消えたわけではなく、いまだ周囲は暗い宇宙空間、モリやタカダの死体や、暗闇に潜む悪夢が形を成しているが、それと平行して、自分の体がファルプの手で、何かに固定されつつあるのがわかった。

 サヨコの目に光が戻ったのに気づいたのだろうか、ファルプはまじまじとサヨコを覗き込んだ。にこやかな無邪気な微笑を浮かべて、静かに話しかけてくる。

「さあ、サヨコ、昔話は終わりにしよう。カナンは君の始末と引き換えに、身柄を保証してくれるそうだよ。幸いここには、緊急用の小型機が残っている。地球まで飛ぶには十分だし、私は操作を知っている。お別れだね。君が有能で残念だ、サヨコ」

 サヨコは必死に瞬きをして幻覚を追い払った。

 両手はいつの間にか後ろ手に縛られている。そのまま、中央ホールの端、エレベーターの通る筒の隅にある、訓練用の小さな留め金に縛りつけられたのを悟った。

 ファルプの手には宇宙服用らしいヘルメットがある。のろのろと顔を動かして逃げようとするサヨコに、ファルプは容赦なくヘルメットを被せ、首の回りでテープをきつく締めて固定した。

(こうして殺されたんだ)

 サヨコは体を震わせた。

 モリは眠り込んでいたから手を縛る必要もなかったはずだ。タカダの場合は一時的に固定したかもしれない。どちらもそんなに時間はかからない。様子を見て、ヘルメットを外しておけばいいのだ。フィクサーはモリが空間に固定されていたから自分の吐いた二酸化炭素で窒息したのだと思わせるための小道具、それこそ、名前の示す通りに偽りの設定として使われたのだ。

 みるみる呼吸が苦しくなってくる、サヨコは喘いだ。

 窒息するかもしれないという恐怖が拍車をかけているとわかっていたが、『草』が切れかけて自制心が吹き飛んでしまっている意識がコントロールできない。心臓が不規則に打ち始め、時折誰かに握りしめられるような痛みで締めつけられて呼吸が止まる。

 ファルプはヘルメットの向こうで、にこにこと笑って手を振り、ゆっくり移動した。ほどなく限られた視界の端で、エレベーターのドアが開き、吸い込まれるように消えていく。

 1人残されたサヨコの耳に、次第に荒く激しくなってくる自分の呼吸音だけが響いている。

(もう、だめ、なのかな)

 加熱していく頭に、その熱を奪い去るように諦めがひたひたと満ちてくる。

 スライもアイラもサヨコがここに閉じ込められ、殺されかけているとは気づかないだろう。

 ファルプが逃げ出したのがわかってから、ようやくサヨコの捜索を始めるだろう。

 だが、そのときには、サヨコは、モリやタカダの殺し方の種明かしとして、この空間で物言わぬ塊になって浮いているはずだ。

(息苦しいのは『草』が切れたせいかしら。それとも、このヘルメットのせいかしら)

 朦朧とする頭の隅に、シゲウラ博士や両親の顔がよぎっていく。

(精一杯やったはずよね)

 サヨコは震えながら思った。

 スライの前では強がったが、それほどの覚悟はできていないだろうと思ってはいた。それがこんな形で出てくるとは思わなかった。

 こんなふうに、たった1人で死んでいくことが、その証明になるとは。

(どこかでやっぱり甘えていたのかな)

 モリの死を追いかけていって、どれほど危険が迫ろうとも、どれほど人々から忌まれようとも、最後には努力が報われ、理解が得られ、無事に生きて地球に帰れるのではないか、と思っていたのに。

 だが、今、現実は、サヨコに死が突きつけられている。

 死ぬことこそが求められている。

 残り少ない空気を吸い込みながら、冷えて震えている体から力が抜けていくのを実感した。

(ごめんなさい……シゲウラ博士……ごめんなさい……モリ……わたしは……結局、何の役にも立たなかった……)

 悔しさからだろうか、悲しさからだろうか、涙が視界を歪ませた。見えている世界も、どんどん暗く狭まっていく。目の前に、気を失うときのようなちらちらとした光が舞い始める。

 ところが、その光が異様にはっきりと大きくなっていくのに、サヨコは気づいた。

(幻覚?)

 光はやがてくっきりとした形を取る。

(エレベーターが開いたんだ!)

 サヨコは首をねじ曲げた。

 視界に、開いたドアから体を乗り出したスライの姿が見えた。

 偶然だろうか、スライが中央ホールに現れたのだ。

(ひょっとしたら…ああ、でも!)

 サヨコは期待し、続いて新しい絶望に襲われた。

 換気は止まっていない。ホール照明は暗く、サヨコのいる場所には届かない。

 スライがやってきたのは何のためかはわからないが、もし、サヨコを探しに来たとしても、換気が止まっていなければ異常を感じないままに他のところを探しに行くだろう。

 ファルプはそこまで計算していたに違いなかった。

 サヨコは縛られ身動きできない。壁を蹴って合図したくとも、手足にその力がないし、壁まで足は届かない。

 スライはゆっくりホール内を見回しているが、サヨコのいる辺りをためらいなく見過ごした。やはり、暗くて見えないのだ。

(何か1つ、何か少しでも、合図を送ることができれば……)

 焼けついてくる胸、酸素不足でがんがんと鳴っている頭も、サヨコの焦りを煽った。身悶えして考え続け、じれったさに揺すった手が服のポケットに触れる。

 じっとり湿った手に、かさりと乾いた感触があって、サヨコの意識を瞬間晴れさせた。

(『オリヅル』)

 アイラのくれた『オリヅル』がある。

 スライは今にも行ってしまいそうだ。

 サヨコはもがいて、自分のものではないように痺れている手を擦りつけながらポケットに入れた。ひりつき、ますます苦しくなる息を整え、指先で『オリヅル』を挟む。

 1度は外れた。

 2度目は摘めたが、今度は汗で濡れた手がポケットから出ない。

 スライが首を振り、エレベーターに戻ろうとする。

「スライ!」

 たまらず、サヨコは叫んだ。一気に酸素を使い尽くして、胸が裂かれるような気がした。

 聞こえるはずはない。ヘルメットの気密性は抜群だ。

 二度三度、身をよじりながらサヨコは呼んだ。

「スライ! スライ!」

 動いたのが功を奏した。

 手がポケットから抜けた。

 ちぎれ飛びそうな意識をかき集め、指先で『オリヅル』を広げる。

(どうか、お願い!)

 体をねじって、スライの方へ、最後の力で『オリヅル』を押し出し、叫んだ。

「スライ!!」


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