2
「犯人の名前はソーン・K・タカダ。彼はあんたが身分保証をしているが、こちらの調査ではタカダはテロリスト『青い聖戦』のメンバーだとわかっている。これはどういうことなのか、教えてほしいね。あんたは、ステーションにテロリストを送り込んだのか? 加えてタカダはサヨコに対して連邦警察だと詐称している。これも、あんたの指示なのか?」
初めてカナンの顔にかすかな不安が広がった。
『タカダが…?』
「おいおい、まさか、タカダのことは詳しく知らないけれども身分を保証した、とでも言うのか? 地球連邦総合人事部のトップ、カナン・D・ウラブロフともあろうものが? それはないよな」
『知らなかった…わ』
カナンは唇を軽く噛んだ後、吐き捨てるような苦々しさを込めて答えた。
『タカダはわたしのところには、警備保障会社の人間として紹介されてきたのよ』
(どうやら、タカダを切り捨てるつもりらしいな)
もちろん、カナンとしては、そう答えざるを得ないだろう。
(タカダさえ生きていれば、カナンのことばを聞かせて、裏の裏まで吐かせてやるのに)
スライは胸の内で舌打ちした。
「タカダに聞けばわかる……と言いたいところだが、それもできなくって困るよ」
『え?』
カナンは細めていた目を少し開いた。
「報告したいもう1つのことはそっちだ。タカダは、昨夜、何者かに殺された。それも、モリととてもよく似ている死に方だ。こうなると、モリの死も単に自殺と取れないかもしれないからな、改めてサヨコに調査を依頼したというわけだ」
『……そう、タカダは死んだの』
カナンは頭の中で目まぐるしく変わる思考を追っているようだったが、しばらく沈黙した後、異様に静かな、まるで怒りを押し殺しているような声音で答えた。
『…とにかく、タカダに関しては、わたしは紹介されたことしか知らないの。それ以上をきちんと調べずに身分保証したのは軽率だったわ。連邦警察の詐称も知らないわ。サヨコには、安心させるために、連邦警察が同行していると言ったけど、今回の件には連邦警察は噛んでいないわ』
死人に口なしとして、カナンはタカダに関しては知らぬ存ぜぬを押し通すことに決めたらしい。次第にはっきりした語調でまとめた。
(すると、カナンには、まだアイラの動きは伝わっていないのか)
もっとも、サヨコの『草』の一件で応援を要請したというから、遅かれ早かれ連邦警察が介入していることは伝わるだろう。
(そのときのカナンの顔こそ見ものだな)
苦笑しかけたスライは、今はそれどころではない、と思い直した。
「まあ、どちらにせよ、サヨコはもう少しモリのことを調べると言っている。実はほかの客の『宇宙不適応症候群』で『草』のストックを使ったせいで、ステーションにはもう『草』の予備がない。タカダの死体や部屋からはサヨコの『草』は見つからなかった。探してはいるが、間に合わないかもしれない。早急に『草』を送り届けてほしい」
『いいえ、そんな危険は冒せないわ』
カナンは打てば響くように首を振って答えた。
『サヨコ・J・ミツカワは連邦にとって貴重な存在なの。今回の任務は特別だったから送ったのよ。サヨコにそんな無茶はさせられないわ。今日の午後には迎えをやります。それでサヨコには地球に戻ってもらうわ』
サヨコにこれ以上の調査を続けさせまいとする意図は明らかだった。
スライは皮肉な笑みをカナンに返した。
「お優しいことだな、カナン・D・ウラブロフ。とてもじゃないが、『宇宙不適応症候群』に怯える娘を無理やりこっちに送り込んだ人間とは思えないね。それほど、モリの調査を続けるのが困るのか?」
『何のことだか、わからないわ、スライ。わたしはいつも最善を尽くしているのよ。真実を知るためだけにむやみな危険を冒すつもりはないわ。むしろ、今回のモリのことがうやむやになって助かるのは、あなただと思うけれど。タカダについては、こちらでも調査を始めるつもりよ。じゃあね、スライ、話は終わりよ』
カナンはスライの同意を得ずに画面から消えた。彼女にしては珍しい動揺ぶりだ。
カナンの企みは失敗した。いまごろ、彼女はオフィスで慌てているだろう。
タカダと関わっていた形跡をことこどく消さなくてはならないからだ。『青い聖戦』とも一時的にでも手を切らなくてはならないだろう。責任をタカダにおっかぶせたものの、サヨコの調査が進めば、火の粉を被る羽目にならないとも限らない。
スライはひさしぶりにカナンをやり込めたという快感に浸った。
(後はサヨコだ)
サヨコに『草』がないのは事実だ。そして、サヨコはモリのことをはっきりさせるまで、ステーションを降りないと言っている。
(強い娘、だよな)
スライはサヨコの瞳の中の炎を思い出した。追い詰められるほど、あの目は光を増してくる。動けなくなるほど、存在が光り輝いてくる。
体全体でサヨコは叫んでいる、まだだと。まだわたしは動けるんだ、と。
その娘にスライは惚れている。
スライは甘い溜め息をついた。
苦い思い出しかない地球なのに、サヨコが育った場所を見てみたいと思った。彼女の暮らしていた世界を、スライも見てみたい。
その世界でサヨコが何を思い、何を感じていたのか話してほしい。何を好み、何と触れ合うのを楽しんだのか。何に驚き、何に心を痛めていたのか。思い出の1つ1つをスライと話し合って共有することを望んでほしい。
(そうすれば、地球も俺を受け入れてくれるような気がする、サヨコを通して)
そして、いつか、そうせめて、恋人とまではいかないにせよ、サヨコの一番近しい存在として彼女に受け入れられるかも、しれない。
(そうなったら……)
休暇をとろう、サヨコと過ごすために。いや、そうなる前に、休暇を取ろう。少しでも彼女のことを早く知って近づいておきたい……他の男にあの笑顔を見つけられてしまう前に。
スライはぼんやりと微笑んだ。
幻想はふいに響いたノックで遮られた。
「誰だ?」
(こんなに朝早く、また何か?)
不審を込めた声に、ドアの外からおどおどした声が答える。
「ごめんなさい。サヨコ・J・ミツカワです」
「サヨコ?」




