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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第7章 『エッグ』と名乗る男

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8

 金色にきらきら光る、小さな『オリヅル』。

 それを、アクリルケースの上に載せ、優しくことばを続けた。

「オリヅル、ってね、病気や災難から人間を護ると思われていたそうよ。気休めかもしれないけど……これからは、あたし、連邦と連絡を取りながら動くから、ひょっとしたら、あなたの役に立てないかもしれない。そのときのために、ね」

 サヨコは『オリヅル』をじっと見つめた。

 金色の『オリヅル』には、幾つも折り直した跡がついている。アイラの指先が、これを折るためにどれほど苦労したのか、サヨコにはもうよくわかっている。

(人を理解するって、こういうことなんだ)

 アイラは自分が不十分にしか折れないと知ったうえで、けれどサヨコが『オリヅル』を気に入ったことを忘れないで、この身も心も削る状況の中で、サヨコの無事を祈ってくれた。その気持ちがこの『オリヅル』には込められている、何本も折り直した線となって。

 胸に広がった熱いものが目を濡らすのをサヨコは感じた。

 そっと『オリヅル』を撫でながら、掠れる声で囁く。

「ありがとう……『草』より嬉しい。ほんとよ、アイラ」

「…だから」

 ふいにアイラは深々とサヨコを覗き込んだ。大きな茶色の目に、心配気な色を一杯にして、言い聞かせる。

「無茶をしないでね、サヨコ。苦しくなったら助けを求めてね。あたしが、あなたのことを心配してるってこと、忘れないで」

「…わかった」

 サヨコは小さく答えた。

 こんな宇宙で、それも通りすがりのような繋がりで、ここまでの気持ちを向けてもらえるなどとは思ってもいなかった。

(これを……探すために……来た?)

 ふいにそう思った。

 地球上でも十分に得られなかった支え。遥かに危険であやふやな状況の中で、とても得られそうになかった気持ち。

 けれども、それを今サヨコはアイラの『オリヅル』に感じている。そして、それは何か不思議な力をサヨコのうちに育てている。

(スライもそう、ね)

 スライをぶつかり向きあうことで、サヨコは知り尽くしていたと思った自分を新しく感じた。考えてもみなかった視点で捉え直し、理解し直した。応じるように、現実は今までサヨコが見ていたものとはまったく別な状況を示して見せた。

(わたしは……自分がこれほど強いと思わなかった)

 いつ発作を起こして死ぬかわからないほど追いつめられた状況、理解されず拒まれるばかりの状態でも、サヨコはぎりぎり粘ることができた。それには多くの偶然や助けがあった。

 では、同じように、実験体として扱われていた日々、心身共に侵され壊される一方だった日々も、サヨコには見えなかっただけで数多くの偶然やささやかな助けがあって、生き延びられたのかもしれない。それらに少しずつ力をもらって生き抜けるほど、サヨコ自身が強かったということでもあるのかもしれない。

 ならば。

 万が一、今回のことが不首尾に終わり、生き延びることができても事件解決ができなくて、地球連邦に所属できなくなったとしても、或いは新たな道をサヨコ自身が見つけられるかも知れない。

 自分自身を信じて。微かなささやかな助けを支えにして。

 その思いは確かな力だった。

「とりあえず、今夜は眠るわ……明日1日にかけてみる」

「そうした方がいいわ。ここで寝る?」

「ううん」

 サヨコは笑った。

「考えたいことがあるから。おやすみ、アイラ」

「おやすみ」

 なおも心配そうな目で見送るアイラに笑い返して、サヨコはアイラの部屋を出て自室に戻った。

「ふう…」

 部屋に入ると、さすがに疲れを感じた。

(まるで、ここで何年も暮らしているみたい)

 のろのろとアクリルケースを鞄にいれ、金の『オリヅル』を手にしてベッドへと転がり込む。

 アイラに教えられたとおりに、羽の先を摘んでそっと広げ、下から息を吹き込むと、今にも飛び立ちそうな姿に変わった。

 その『オリヅル』を見つめながら、サヨコはモリのことを考えた。

 なぜ、死んだのか。

 そして、なぜ、宇宙へ上がったのか。

 2つの疑問がゆるやかな渦に巻き込まれて、頭の中を動いている。

(順序だてて考えてみよう)

 まず、『第二の草』が作られた。

 カナンが何らかの意図を持って『第二の草』を手にする。

 タカダが『第二の草』をステーションへ運ぶ。

 ファルプが受け取り、モリが使う。

(この流れは間違っていない)

 だが、なぜ、その流れが妨げられたのだろう。

 この流れはそれぞれにとって、何らかのメリットがあったはずだ。だから、この流れが作られていたのだ。

 なのに、そのメリットを捨てて流れを止める、どんな理由があったのだろう。

(メリット)

 カナンのメリットは、『第二の草』を支配する権力だと考えられる。

 タカダはそのおこぼれに与かるか、または『青い聖戦』の後ろ盾として、カナン・D・ウラブロフの名前が必要だったのかもしれない。カナンは有名な『GN』支持者だ。

 モリは『GN』で、宇宙にいるためには『第二の草』が必要だった。

(じゃあ、ファルプは?)

 ファルプのメリットは何だったのだろう。

 考えてみれば、この流れの中で『CN』なのはファルプだけだ。『CN』として『GN』が『第二の草』を手に入れることは、自分達の領分を侵されることでもある。

(なのに、なぜ、この流れに加わっていたのかしら)

 闇の中で『草』とそれを巡る人間達が渦巻く、銀河のようにくるくると、くるくると。

 見えないけれども確かな引力に互いに引かれ合う星々のように。

 ふと、サヨコは体を起こした。いつのまにかうとうとしていたらしい。

 ベッドに入って数時間がたっていた。

 鞄の中からアクリルケースを取り出す。

 ベッドの端にのっていた『オリヅル』を、大事に畳み直してポケットに入れた。

 もう少したてば、ステーションは朝を迎える。サヨコにとって、残り少ない宇宙の時間が過ぎていく。

 眠っているわけにはいかなかった。

 サヨコはアクリルケースもポケットに入れて、スライのいる管理室に向かった。


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