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「そうね」
座ろうともしないサヨコに合わせるように立ったまま、アイラが目を細めた。
「これは仮説だけど。モリは『第二の草』を投与されていたの。ファルプはその管理をしていた。だけど、モリは『宇宙不適応症候群』を起こして死亡した。『CN』だった彼が『宇宙不適応症候群』を起こしたということは問題を引き起こすから、ファルプはその死を自殺に見せかけようとした。ところが、スライ達が騒ぎだしたので、裏で噛んでいたカナンとしては、保身のためにも何かの手を打つ必要があった」
腕を組み、ことばを継ぐ。
「あなたには悪いけど、解決できそうにない人材、それも『GN』を形ばかりで派遣して、スライと揉めさせ、事実をうやむやにすませようとした、というところかもしれない。タカダは状況の監視役として選ばれた。ひょっとすると、今回も『第二の草』を運んでいたかも知れないけど……今となっては確かめようもないわね」
少し考え込んで、アイラは溜め息をついた。
「カナンの誤算はカージュの発作だったわね。あれで、あなたは予想以上の有能さを発揮して、スライに認められたばかりか、モリの事件解明まで力を及ぼそうとした。そこで、監視役のタカダは、あなたを強制的にステーションから追い出すつもりで『草』を盗んだり、ファルプと協力してあなたを襲ったのじゃないかしら。クルドを襲ったのはファルプで、理由はタカダに追及の手が伸びたから。同じ理由でタカダも口封じに殺してしまう。悪者はタカダ、で済むところだった、あなたがモリの情報を手に入れなければ。でも、あなたは真実を知ってしまった」
アイラは激しく首を振った。
「だめ。やっぱり、サヨコ、あなたはとても危険な状況にいる。さっきみたいに、助けに行けるとは限らないのよ、できるだけ早く地球に戻るべきだわ」
サヨコは目を閉じた。
(確かに、さっきはもうだめだと思っていた)
アイラの言うとおり、このままここを離れた方が、安全には違いない。
(でも、それはきっと、間違ってる)
「ううん、降りない」
「サヨコ!」
サヨコは目を開けた。
「わたしにはまだわからない。じゃあ、モリの死は『宇宙不適応症候群』だったということになるの?」
「そう、なるわね。だから、あえて、ファルプは自殺に見せかけてカナンの介入を待ったんだと思うけど。自殺だとすれば、『CN』が自殺するような状況を作ったスライの管理責任を問う形で、内々に処理することができるしね。連邦警察が入ると、そうはいかなくなる。カナンの地位にも響くでしょう。カナンは、あなたが、モリの死の原因を確定できず、自分のところへ問題を戻してくることを望んでいたのよ」
アイラは自分で納得したように頷いた。
(確かに、それで筋は通る、でも…)
サヨコは反論した。
「でも、なぜ、モリは急に『宇宙不適応症候群』を起こしたのかしら。確かに、モリは『GN』だったけど、もし『第二の草』を投与されていたならば、それが途切れないかぎり、『宇宙不適応症候群』は起こさないはずだわ。それに、濃度が低い『第二の草』でコントロールできるぐらいの『宇宙不適応症候群』なら、死亡はしないはずなのに……それこそ、『第二の草』を投与する量を増やせばいいはずでしょ? なのに、なぜ、死ぬまで放っておかれたのかしら?」
アイラが困惑した顔になった。
「『第二の草』がなかったんじゃない? 何かの原因で運ばれなかった、とか」
サヨコは首を振った。
「それなら、『草』が切れるまでにわかったでしょう? その時点で、普通の『GN』ならパニックを起こしてるはずだわ……でも、モリにはそんな様子はなかった」
体の前で両手を組み、体に引き寄せながら、サヨコは呟いた。
「モリがなぜ死んだのかわかれば、もっと何かが見えてくるわ…もっと、すべてがわかってくるように思うの……わたし…それがわかるまで、地球へは降りられない」
アイラから、シゲウラ博士がサヨコの安全と引き換えにテロリストの内密調査に加わっていたと知らされたときの衝撃が蘇る。
きっと、彼は自分を含めた『CN』の在り方にも深い疑問を感じていたのだ。自分はサヨコを苦しめた人間達とは関係がないという立場も取れたはずなのに、自分もまた、世界にはびこる差別と虐待の一端を握っていると気づいていた。だからこそ、サヨコを助け、よりひどい状況を生みかねない『第二の草』の調査に協力を申し出たに違いなかった。
宇宙に旅立ち、人類の進歩と発展に尽くす人間がサヨコの両親なら、地球に留まり、人類の傷みと苦痛に向き合い癒そうとしたシゲウラ博士はサヨコの育ての親とも言える。
宇宙に焦がれる思いと同じぐらい、サヨコの中には人を傷つけるものを理解し解し癒したいという思いが生きている。
それを今、失われるかもしれない自分の命という秤の皿の両方に乗せている。その両方が自分の抱えているものだと感じている。
ならばこそ、自分だけが無事に宇宙から降りられればいいとは思えない。
いつかサヨコと同じように『草』を使って宇宙に上がる『GN』もまた、無事に地球へ戻ってほしいと思う。自分は二度と宇宙に上がれないかもしれないが、宇宙に焦がれる『GN』がその道を閉ざされてしまうことになってほしくないと思う。
そしてまた、同じように『CN』も宇宙に生きるということに縛られずに、あるいはまた、『GN』への優越感や敵対心だけで宇宙で生きていくことがないようにと願う。
後数日の命ならば、今自分が宇宙にいようと地球にいようと、することできることは限られている。『CN』だから『GN』だからと数日間の生き方が変わるわけではない。
場所も名前も遺伝子さえも、今ここで生きることを全うしようとするときには意味がない。
ただ、この命をどう生きるかということだけ、なのだ。
自分の体に微かな震えが走ったのは、怖さからか、誇りからか。
アイラはサヨコをじっと見ていたが、やがて重く息をついて、バッグの中からアクリルケースを取り出した。サヨコの前に差し出す。
「え?」
サヨコは我に返って、アイラを見た。
「これ、持っていて。タカダの部屋から見つけた『第二の草』のケースよ」
「これが?」
サヨコは受け取ってしげしげと見た。外見は普通の『草』と変わらない。確かに匂いがやや淡い気もしたが、あえてわかる違いではない。
「カージュの持っていたケースだと思うわ。11個ある。サヨコ、あなた、船が来ても、モリのことがわからないとステーションから出ないつもりなんでしょう? 少しだけど、役に立つはずよ」
「でも」
サヨコはアイラを見た。
「これ、証拠品なんでしょう?」
アイラは苦笑した。
「言ったでしょ、あたしは規格外れなの。証拠品なら、ファルプでもとっつかまえて嫌というほど吐き出させてやるわ。でも…あなたは別よね、これがないと保たない。あたし、あなたを失いたくないの」
アイラは静かにけれども深いかぎろいを込めて、サヨコの手のアクリルケースを押さえつけた。少しでも拒む気配があれば、無理にでも持たせよう、そんな仕草だ。
サヨコはしばらく考えてから、微笑んでアイラを見た。
「ありがとう……嬉しい」
「それと…これ」
アイラは急に照れたような顔で、バッグからもう一つ、何かを取り出した。




