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「サヨコ! 大丈夫だった?」
焦りを浮かべて飛び込んできたアイラに、ファルプの気が殺がれる。
その場からすぐにサヨコを奪い去りそうだったアイラの勢いは、サヨコを認めるところりと変わった。
「ああ、大丈夫だったのね、サヨコ! あなたの『草』が盗まれたと聞いて、心配で心配で慌てちゃった!」
派手に手を振り回して訴えたアイラは、次には呆気に取られているファルプの手を取らんばかりにサヨコとファルプの間に割って入った。にこにこと満面に笑みをたたえてファルプに話しかける。
「ファルプ、ありがとう、サヨコをきちんと診てくださったのね!」
立ち直るのはファルプの方が早かった。
「とんでもない、アイラ。災難だったね、サヨコ」
さっきまでの薄気味悪い表情はどこへやら、にっこりと笑ってアイラとサヨコを等分に見る。
どうやらファルプは、アイラが単にサヨコの『草』の盗難を知って、医務室に駆け込んできたと思ったらしい。
「地球へも緊急の連絡をいれておいたから、明日には『草』が届くよ」
ファルプはサヨコに言った。アイラが大仰に驚いて見せる。
「明日? よかった。じゃあ、サヨコ、今日はあたしのところに来なさいよ。万が一のときに、あたしがついていた方がいいわ、ね、そうでしょ、ファルプ」
「あ…ああ、それはそうだね]
アイラの勢いに押されて、ファルプが不承不承頷く。
そこへ、スライが厳しい顔でやってきた。
「スライ…何だ?」
警戒を浮かべてファルプが尋ねる。
「カナンが捕まらん。サヨコの『草』が盗まれたというのに…」
一瞬緊張したファルプの顔が緩んだ。丸い肩を竦めて、
「クルドから聞いたよ。こっちの緊急回線で『草』の要請もした。明日には着くだろう」
「そうか。助かったよ。クルドは?」
スライはひょい、とベッドを見やり、訝しそうにファルプを振り返った。
「眠っているのか?」
「ああ、たいした傷じゃなかったが、疲れてたんだろう」
「ふうん」
スライがクルドを覗き込み、アイラはついで、といった顔で状態を確認した。
「まあ、一晩任せよう…と言いたいところだが…」
スライはちらっとアイラを見た。それを合図にしたように、ぼんやりしているサヨコをそっと抱えるようにして、アイラが促す。
「じゃあ、サヨコ、あたし達は行きましょ。お休みなさい」
「ああ、おやすみ」
「おやすみ」
スライにつられた形でファルプが答えて、アイラは医務室のドアを閉めた。
閉めかけたドアの向こうで、スライが、『たまたま出掛けた中央ホール』で、ソーン・K・タカダの死体が見つかったとして、ファルプに検死の指示を出すのが聞こえた。
アイラが深い溜め息をつき、サヨコの肩を抱えた手に力をこめる。
廊下をゆっくり歩きエレベーターに乗り込み、下の階層で降りて部屋へ向かっていると、サヨコもようやく助かったらしいと感じ始めた。
「助かった…の?」
「そう。危なかったわね」
アイラは微笑んだ。
「よく頑張ったわね。あなたは……本当に強い」
感嘆のこもったアイラのことばにも、悪夢から完全に抜け出せていないような気がした。
「サヨコ?」
「アイラ……ひょっとしたら、とんでもないことが行われてたんじゃないかしら、ここで」
モリのデータを見つめていたとき、そこに『第二の草』を絡めていくと、1つの構造が見えてくるのに、サヨコは気づいたのだ。
(でも、そんなことってあるかしら)
その構造を細部まで見極めようとサヨコの頭は必死に働いている。だが、情報が足りない。まだ、肝心な部分が見えてこない。
「サヨコ…」
深々と溜め息をついたアイラが、自分の部屋にサヨコを招き入れながら、思い切ったように言った。
「もう、いいんじゃない? 後はあたし達がやるわ。あなたは十分頑張ったわ。もう地球へ降りるべきだと思う」
「アイラ」
思ってもいなかった提案に、サヨコは思わずアイラを見た。口調の抵抗を感じたのだろう、アイラが首を振って、
「限界だわ、サヨコ。確かに、あたしは連邦警察へ緊急の応援要請を出した。でも、スムーズにいって、彼らが来られるのは明日以降、悪くすれば2、3日かかるでしょう。スライも手配をしてみたけど、やっぱりカナンが捕まらないの。ファルプが本当に緊急連絡をしたかどうかもわからないわ……このままじゃ、あなたの『草』が切れてしまう」
サヨコは黙ったまま、アイラを見つめた。
アイラはなおも言い募った。
「クルドがファルプのところに引き入れられたのはこっちの計算違いだったわね。もう少し用心しておくべきだった……それに…」
アイラは少しためらってから、
「タカダが殺されたわ」
さすがにサヨコはどきりとした。
「え?」
「部屋にいないから嫌な予感がして、中央ホールに行ったら、モリと同じように浮いていたの。換気が止められていて…血液検査をすれば、睡眠薬が出るかもしれない」
アイラは苦々しい顔になった。
「部屋には何もなかったわ…そうそう、たぶん、カージュが持っていたものだと思うけど、11個『草』が入っているアクリルケースだけがあった。だから、妙だと思ったのよ。モリのケースとそっくりだけど、今度は紛れもなく、他殺ね」
サヨコはにこにこ顔の医師を思い出した。
「ファルプ?」
「おそらくは……でも、証拠がない」
悩んだアイラに、サヨコはそっと口を開いた。
(できるかぎり、話してみよう、何かわかるかもしれない)
「前に、カナンと連絡を取っている人間がいて、それがエッグ、かEの名前を持つ人間だって言ってたでしょう?」
「ええ」
「ファルプ、だと思うわ、たぶん。心理チェックのデータを調べたの。あのデータでは、モリは『GN』だったはずよ。なのに、カナンとファルプが『CN』だと判断している。間違ったとは思えないわ」
サヨコは眉をしかめた。
「もう少し情報がほしいんだけど。モリが『GN』なのに『CN』と評価されていたことと、『第二の草』がなぜここに運び込まれていたのかの理由はつながっているような気がするの。それに、タカダ…の死も何か引っ掛かっている……どこか…辻褄が合わないような……変な感じ……]
サヨコは話しながら首を傾げた。
その印象はすべてのことに共通している。
たとえば、なぜ、モリは急に死ななくてはならなかったのだろう。
なぜ、カナンはサヨコをここへ派遣したのだろう。
今回のタカダの役割は何だったのか。
サヨコの『草』が奪われたのはなぜだろう。
クルドが襲われたのはなぜだろう。
『第二の草』はなぜここへ運び込まれたのだろう。
そして、ファルプはカナンとどう繋がり、何をしていたのか。
タカダの死にはどんな意味があったのか。
考えてみれば、謎は何1つ解けていないような気がする。




