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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第7章 『エッグ』と名乗る男

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5

 スライはタカダの部屋のドアが少し開いているのに気づいた。

 アイラが緊張した顔で頷く。

 軽く身構えたアイラを後ろに、スライは勢いよくドアを蹴り、室内へ転がるようにして入り込んだ。

 予想に反して、中は空だった。

「食事か?」

「違う……と思うわ。あたし達の前に済ませたらしくて、食堂のドアのところですれ違ったもの」

 だから、タカダがサヨコの『草』を盗んだと判断したのだ、とアイラは続けた。

「まあいい、室内をチェックするにば好都合だ」

 立ち上がりながら呟いたスライは、ベッドカバーに隠れるように転がっているアクリルケースに気がついた。

「これは…」

「サヨコのもの?」

 アイラが油断なく、廊下の方へ気を配りながら尋ねてくる。

 スライは首を振った。

「11個、残っている。カージュの話を覚えているか?」

「じゃあ、『第二の草』……」

「おそらくはな」

 スライはアクリルケースをアイラに渡しながら眉をひそめた。

「おかしい」

「え?」

 証拠物件が手に入った喜びに眼を輝かせているアイラに、

「こんなところに飯の種を放っておくような人間なのか、ヴェルハラ、とかいうテロリストは? 何年も関わってきて、1度も尻尾をつかませていない奴なんだろう? なのに、こんな状況で…」

「あ」

 はっとしたようにアイラが身を翻した。舌打ちをしたスライが続く。

「考えられることは1つ、ね」

 タカダの部屋を出て、2人が目指しているのは中央ホールだった。モリと同じ場所が選ばれる、そんな予感があった。

「始末された……間に合うか?」

 廊下を駆け抜け、エレベーターを使って中央ホールに辿り着く。エレベーターの扉が開くのがもどかしい。

 扉が開くや否や、ホールの薄闇に顔を突き出した2人の耳に、どん、という振動音が聞こえた。

 少し間をおいて、再び、とん、とやや小さくなった音がする。

 無言で音の方向を透かし見るスライの目に、中央ホールの隅をぼろきれのように揺れて漂い、あちらこちら当たる影が1つ映った。

「スライ…」

「畜生…」

 影はファイバーの明かりに、銀の髪を光らせていた。



 サヨコは、一瞬、コンピューターに拒否されたのかと思ってひやりとした。

 が、次の瞬間、画面は、機密事項を示す緑の徴を輝かせ、一連のデータを描き出した。

 『GN』と『CN』を判断する心理チェックのデータが出されていく。

「これは…」

 後々の必要性を考えてプリントアウトの指示を出したが、これはさすがに拒まれた。

 サヨコはちらりと背後を見た。ファルプとクルドはまだ話し続けている。

 サヨコはそっと服からメモとペンを取り出した。画面に映った内容の重要な部分を抜き書きしていく。端末からのプリントアウトではないので、事実の証明としては不十分だが、単なる記憶だけよりはましだろう。

 心理チェックの最終項目に来て、サヨコは体を凍りつかせた。

 そこには、このデータの最終チェックをした人間の名前が入っている。

 カナン・D・ウラブロフの名前は当然としても、モリがステーションに入るときのチェックをした者の名前は、ファルプ・A・B・C・コントラになっているのだ。

(ファルプはこのデータを知っていた)

 もちろん、その衝撃もあったが、サヨコの体を凍りつかせたのは、ステーションに来たときに、ファルプがした自己紹介の記憶だ。

『……私はファルプ。ファルプ・A・B・C・コントラ…』

 本名なのか、と尋ねたサヨコに、ファルプは笑いながらこう言ったはずだ。

『本名だとも……おやじが夜も寝ずに考えた……アルト・ビスタス・セルジ。コントラ、ではくてデニトル、ならAからFまでそろったんだが…』

 そのファルプのことばを、サヨコは心の中で繰り返した。

 AからFまでそろった。

 考えてみれば、ファルプの名前だけでは、どう考えてもAからFまではそろわない。

 たった1つ、Eが抜ける。

 では、なぜ、ファルプは『そろった』と言ったのか。

『エッグ、かEのつく名前』

 アイラは、カナンと内密に連絡を取っている人間をそう表現した。

 サヨコは唇を噛んだ。

 ふと気づくと、背後の会話が途切れていた。

 あわててサヨコが振り向こうとした矢先、ファルプののんびりした声が真後ろで響いた。

「どうだ、何かわかったかね?」

 振り返ったサヨコの視界一杯に、いつのまに近づいたのか、ファルプの白衣姿があった。 相変わらずのにこやかなファニー・フェイスが、今はたとえようもなく恐ろしい。その体の向こうに見えているクルドは、ベッドに横たわったまま身動きもしない。

 サヨコはファルプを見た。乾いた喉に唾を飲み込んで答える。

「少し手掛かりになりそうなものが……クルドはどう?」

 ファルプは目を細め、初めて見せる奇妙な表情になった。踏みつぶそうとした小さな虫が、なぜか足元に寄ってきた、そんな感じの、サヨコの意図を計りかねたような顔で、

「大丈夫だ、今は眠っている。疲れたんだろう」

 緊張していたクルドが、サヨコを放って眠るはずがない。

(薬を使ったのね)

 サヨコは端末を操作し、画面を消した。メモもポケットに滑り込ませる。

「もう、いいのかね?」

 ファルプが興味深そうに尋ねる。まるで、逃げないのかね、と聞かれているような気がして、サヨコは曖昧に首を振った。声が震えないことだけを祈りながら、

「ええ、今は」

「モリの心理チェックを見ていたね」

「少し気になって」

 ファルプはもっと目を細めた。陽気で明るい青の目が奥の方で揺らめいた。

「何が、だね?」

「心理療法士として…あのデータから『CN』と判断するのは難しいわ、ファルプ」

「ほう」

 ファルプの目は細い糸のようになった。その目の奥で光るものが爆発するのをできるだけ引き伸ばそうとして、サヨコはことばを継いだ。

「あのデータなら、わたしは、モリを『GN』と判断します』

「……君は、若い」

 ファルプは静かな口調で言った。

「経験も不足だ。データの読み違いもあるかもしれない」

「……いいえ…それを言うなら…」

 サヨコは無意識に竦み、後ずさりしかける体を引き止めながら、反論した。

「わたしは、カナンに認められて派遣された、心理療法士です。そう…あえて言います。モリは『GN』、それも『草』なしでは『宇宙不適応症候群』を起こしていたはずの『GN』……」

「サヨコ」

 すう、とファルプがサヨコに近づいた。手を伸ばせば、サヨコの腕でも首でも掴めそうな近さ、なおじわじわと近づきながら声をかける。

「君は…何か…誤解しているよ…」

(もう、だめだ)

 サヨコが諦めかけたとき、ドアが叫び声とともに開いた。


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