4
(でも、なぜ、カナンはわたしを派遣したのかしら)
もし、サヨコを派遣したカナンがタカダとファルプにつながっているとすれば、どうしてサヨコを脅したり殺したりしようとするのか。邪魔になるなら派遣しなければいい。サヨコを殺したいならば、何もここで殺さなくても、地上でならいくらでも安全で確実な方法があっただろうに。
(何かおかしい。何かちぐはぐで噛みあってない感じがする。そして、その鍵はきっと、モリが握っている)
ファルプにもらった『草』を、サヨコはそろそろと飲み込んだ。
(ひょっとすると、これも『第二の草』なのかもしれない。匂いだけならごまかせる)
カージュと違って経験が少ないサヨコには、すぐには違いがわからなかった。唯一判別できるとすれば、体への反応だけだ。普通の『草』なら、これで明後日の朝まで残留効果が期待できるはずだが、『第二の草』なら、早ければ明日の夜には発作が出てくるだろう。
時間が限られていた。
サヨコはクルドに合図した。
連絡がついたらしいファルプが振り返り、サヨコに笑いかける。
「大丈夫だよ、早ければ、明日の夜には『草』が着く。今夜の1粒で余裕ができたね」
「ありがとう、ファルプ」
サヨコは微笑み返した。
タイミングを見計らって、クルドが声をかける。
「じゃあ、ファルプ、こっちを頼む」
「まあ、そう急ぐなよ……うん…少し裂傷になってるかな……ベッドでうつ伏せになってもらった方がよさそうだ」
ファルプは椅子に座ったままのクルドの頭を診察すると、クルドをベッドの方へ導いた。
その後ろ姿に、サヨコは、何げなくといった調子で言った。
「ファルプ、ついでだから、モリのことについて少し調べたいの……データを見ていい?」
「『草』が手に入るとわかって元気が出たね。いいよ、そっちも大事な任務だ。悪いが、私はクルドを診ているからね」
ファルプはものわかりよく同意すると、クルドに、
「しかし、何だな、クルド。殴られたり盗まれたり……今回の客には犯罪者が集まっているのか? スライと1度対応策を話すべきだな」
「ああ、そうだな」
クルドが他愛ないやりとりを始めるのを背に、サヨコは端末に近寄った。
スライは、今回の客に関する情報は封鎖されていると言っていたが、モリは乗務員だ。簡単な操作で情報を引き出すことができた。
画面に現れたひょろりとした神経質そうな痩せた男が、経歴と勤務状態、健康状態、心理チェックで説明されている。
『モリ・イ・トールブ。「CN」。一級整備士。死亡時37歳。国籍オーストラリア。日系移民者。死因は窒息死。身体的問題、不眠傾向も睡眠薬にて対応、経過良好。心理的問題と指摘できるほどのものはなし。心理チェックについての情報検索はパスワードが必要。家族なし。「新・紅」廃棄処分後は地上生活予定。地上生活についての保障は、規約条項A−22参照』
サヨコは小さくため息をついた。
概略を見る限り、モリは『GN』ではなかったし、これといった問題もなかったように思える。
たとえ、公的にこの情報が検索されても、モリの睡眠薬については正当な医療的判断の範囲とされるだろう。宇宙空間業務は、予想以上に心理負担を強いられるものだ。多少の精神安定剤の投与は珍しくない。
サヨコは気を取り直して、端末操作を再開した。
普通であれば、よほど権限があるか、直接心理チェックに関わった医療関係者でない限り、心理チェックの情報は公開されない。
それは心理チェックに携わったものの判断基準に外部からの不当な圧力が加わったり、提出されるデータを基準に合わせて操作されたりしないように配慮されているためだ。
心理チェックのデータを見るためには、ある特殊なパスワードを必要とする。
サヨコは、ここに来る前に『CN』と考えられていた患者の治療を行った。
彼は本来『GN』であり、宇宙で暮らしたいがために『CN』としての適応を過剰に行っていたのではないかと判断されたので、サヨコには、治療に必要な資料として特別に心理チェックの検索が許された。
その特殊なパスワードを、サヨコはまだ覚えている。
通るかどうかはわからなかったが、試してみる価値はあった。
背後では、クルドの診察と治療が続いている。
サヨコはパスワードを打ち込んだ。
『ミドリミチルソラ』
ふ、と画面が暗くなった。




