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サヨコはクルドを振り仰いだ。
「何か…言いました?」
クルドが殴られた場所に片手で濡れタオルを当て、もう片方の手でサヨコの肩に軽く掴まったまま、訝しげに尋ね返した。
「いや…何か聞こえたか?]
「いえ……空耳ですね」
サヨコはそっと微笑んで見せた。その笑みを見下ろしながら、
「無理もないさ………まだ、大丈夫か?]
「はい。…医務室です、いいですか、ノックします」
「わかった」
サヨコは小さくドアを叩いた。続いてクルドがやや大げさなほど声を上げる。
「ファルプ! すまん! ちょっと診てくれ!」
「何だ、何だ」
中から陽気なファルプの声が応じた。
「ここはいつから24時間営業になったんだ」
ドアが開く。食後のコーヒーを楽しんでいたという顔で、たっぷりした腹をさすりながらファルプが顔を出した。
「これは……いったい、どうしたんだ、クルド」
クルドとサヨコを見て、ファルプの丸い顔に驚きが広がった。素早く中に招き入れる仕草にも、奇妙なところは何もない。
「いや……どうも、とんでもないことが起こって……」
椅子に座りながら、クルドが、サヨコの『草』が盗まれたこと、自分は管理室で調べ物をしていた途中で何者かに襲われたことを話した。
「『草』を? まずいな、いつから飲んでない?」
ファルプがぎょっとした表情で尋ねる。青い目に疑いはない。
サヨコは邪気なく見張ったその目を正面から見返して答えた。
「夕方の分からです」
「ストックが確かもう少し……ああ、あった」
ファルプが鍵のかかった棚を探し、1粒の『草』を差し出した。
「これが最後だ」
少し黙って、サヨコを凝視してから、
「後は緊急連絡をするしかないな。クルド、ちょっと待てるか?」
「ああ、おれは大丈夫だ」
「スライは知っているのか?」
「だいたいは報告したが……カナンへの連絡が取れないと言ってた」
ファルプは頷いて、医務室の端末に向かった。
「わかった。こっちの緊急回線を使おう。スライにはカナンの相手を任せて、な。一応、連邦の緊急医療機関直通だから、連絡は拒まれないはずだよ」
手早く操作を始めるファルプに、サヨコとクルドは目を見合わせた。
もし、ファルプが『第二の草』に噛んでいるとすれば、カナンを通さずに連邦の特定機関に連絡できるのが、これでわかった。だが、逆に言えば、カナンだけが『第二の草』に噛んでおり、このステーションでのカナンの配下はファルプ以外だという可能性もあることになる。
(本当に、この人が『第二の草』に関わっているのかしら)
スライはどう見ても善良そうで正直そうに見えるファルプを見つめた。
もし、ファルプがサヨコを狙ったとしたら、どうしてあのとき、残りの睡眠薬入りのコーヒーを飲んだのか。サヨコが全く飲まず、ファルプだけが飲まなくてはならない可能性もあったのに。それに、サヨコが中央ホールで眠り込んでいたときに換気を止めたのは、少なくともファルプではない。彼も一緒に眠っていたのだから。
(けれど、もし、タカダとファルプがつながっていたとしたら)
起こった一連のことは不可能なことではなくなる。
サヨコを眠らせたのはファルプで換気を止めたのがタカダ。
サヨコの『草』を盗んだのがタカダで、クルドを襲ったのがファルプ、あるいはその逆かもしれない。




