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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第7章 『エッグ』と名乗る男

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2

(俺がサヨコに魅かれている)

 スライはまだぼんやりと胸の中で繰り返している。胸の中でくるくるとサヨコのいくつもの表情が重なり、揺れ動き、弾けてまた集まっていく。

(そうか…そうだったのか)

 だから、こんなに不安なのか。だからこんなに怖くてたまらないのか。

 だから、自分と同じ『CN』が彼女を傷つけたことが腹立たしかったのか。

 だから、サヨコが『GN』であることや、日本人であることが気になったのか。

(もし、それを認めれば、俺は俺の生き方を変えなくてはならなくなるから)

 『GN』に対する偏見も、日本人に対する怒りも、すべて変えなくてはならない。なぜなら、サヨコはスライにとって『GN』そのもの、日本人そのものなのだから。

 両方の全く相反する気持ち、サヨコを失いたくない気持ちと、自分の中の生き方が正面からぶつかるものだったから、これほど心が砕けそうなのか。

(サヨコが『CN』であったり、日本人でなかったりすれば、もっと早く自分の気持ちに気がついた、か)

 自分の気持ち。

 そう繰り返したことばがいきなり熱い塊になって駆け上がり、スライは顔が熱くなった。

(自分の……気持ち、だって?)

 思わず口元を手で覆って強く押さえる。そうでもしないと、とんでもないことを口走ってしまいそうになったのだ。

(俺の……気持ち……?)

 廊下で崩れかけたサヨコを支えたときの不安感。カージュの側にいるサヨコの穏やかな表情に感じ取った安らぎ。ファルプやクルドに笑いかける顔が自分には向けられない苛立ち。

 失いたくない。側に居てほしい。他の奴から奪いたい。

 サヨコが、欲しい。

(俺だけの、ものに)

「!」

 視界が眩んだ。背中を殴りつけられたような衝撃に呼吸が止まった。

「いい、スライ」

 いきなり固まって身動きしなくなってしまったスライに苛立った様子で、アイラがことばを継いだ。

「サヨコはあなたが考えてるより、もっと強いの。あたしがシゲウラ博士の事件のことを話したときも、『草』がないのがわかったときも、パニックになったりしなかった。じっと考え込んでから、モリのことをはっきりさせなくては、と言ったのよ。……そうよ、サヨコを失いたくないのは、あたしだって同じだわ」

 ふいにアイラの声が頼りなくなって、スライは我に返った。

 アイラを見る。彼女は額を押さえ、乱れた金髪の下で顔をしかめている。今にも泣きそうな表情だ。

「あたしだって、サヨコが大事なの。つらいことを初めてわかってくれた人なのよ、失いたくないの。でも、サヨコがモリのことを調べたいっていうのなら、止められないでしょ、そのために彼女は宇宙まで来たんだもの」

(そのために、来た)

 そうだ、きっと、サヨコは、あの黒い瞳の中に燃えるもの、あの細い体の中で息づいている真理の炎に急かされて、死ぬかもしれない宇宙へ上がってきた、ただ1つの真実に辿り着くために。

「いいかげんにしてよ、『好き嫌い』ぐらい小学校で終わらせてきて。取るべき行動を取らなくちゃ、本当にサヨコが死んじゃうのよ」

 きり、とアイラが唇を噛んだ。

(そうだ、俺は……サヨコを失いたくないんだ……)

 スライはゆっくりと自分に言い聞かせるように胸の中で呟いた。

 失ってしまった家族の顔が蘇り笑いかける。記憶の中の笑顔は変わらない。いつも穏やかで優しい。

 けれど、それは永遠に同じ笑顔だ。時は静止したままで、その変わらぬ笑顔を思うたびに、失ってしまった傷みを思い出す。もう重なることのない時間を思い知らされる。

 けれど、サヨコはまだ生きている。毎日違う表情で、毎日違う笑顔を見せてくれる。それは命の証だ。未来への約束だ。だからスライは安堵する。失う恐怖に自分が怯え続けていたことがわかる。

 忘れてしまっては消えてしまう記憶の笑顔がつけていく傷を、忘れてもまた目の前で積み重ねられる笑顔が癒してくれる。

「アイラ、すまない」

 アイラが目を上げた。大きな目が潤んでいるのに、もう一度、心から謝る。

「もう、大丈夫だ。よく、わかったから」

(そうだ、よく、わかった)

 思えば、最初に写真を見たときから、サヨコに魅せられていたのだろう。サヨコを知れば知るほど魅かれていく自分が許せなくて、だから目を塞ぎ、必死に『GN』だの日本人だのという理由にしがみついていただけだ。

(俺が今本当に怖いのは、ステーションから追い出されることでも踏みにじられることでもない……サヨコを失うことだけ、なんだ)

 さっきまで砕け散りそうだった心が、明確な方向に絞られて定まり落着いていく。

(だから、それさえ防げればいい)

 サヨコには『草』がない。『草』の残留効果は1日だと言われているが、個人差がある。発作はいつ彼女を襲うかわからない。

 そして、彼女は今、ファルプの元へ乗り込んでいる、自分の責務を果たすために。

 スライを振り返りもしないで歩いて行ったサヨコの細い後ろ姿がスライの胸に痛みをもって蘇る。

(俺は、何をすればいい?)

 このステーションの責任者として。サヨコを傷つけた『CN』として。ただただ被害者であった過去から、加害者でもある現在の自分として。

(俺は俺の責務を果たさなくてはならない)

 それがサヨコを守ることだと信じて。繋がる未来をどこかに捜し出せると願って。

 のんびりと感傷にふけっているときではなかった。

「行こう、アイラ」

「もう止まらないで」

 アイラが目元をこすりながら唇をとがらせ、冷ややかな声で言った。

(待っていてくれ、サヨコ)

 スライは胸のうちで小さく吐いた。


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