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「まだ、わからないことだらけだしな」
クルドは指先で顎をひねりながら言った。
「タカダ……が『第二の草』を持ち込んだにせよ、なぜ、ここに持ってくる必要があったのかがわからない。タカダがテロリストなら、なおさら顔を知られてはまずいだろうに」
「それに、その持ち込まれた『第二の草』はどうなったのか、だ」
スライは立ち上がりながら言った。
「どこかへ運ばれたのか、それとも、別の目的があったのか」
「それに、モリがそれに関わっていたならば、どういう役割だったんだ? なぜ、死ぬ必要があった? 誰が…殺したんだ?」
考え考え付け加えたクルドに、アイラが応じた。
「実は……カナンと密かに連絡を取り合っていた人物がいます。こちらが突き止められたのは、その人物が『エッグ』と呼ばれているということだけです。ここへ来るまでに乗務員を調べましたが、『エッグ』のあだな、もしくは、『E』のつく名前の者はいませんでした。でも…」
4人の胸に、ほとんど同時に1人の男の姿が浮かんだのではないか。
童話に出てくる登場人物よろしく、ころころ太っていて無害そうで、年中白衣を引っかけた男。赤い髪と青い目の丸顔で、始終上機嫌の医師、ファルプ。
「ハンプティダンプティで、エッグ、か? 笑えない冗談だな」
スライは顔をしかめた。
「だが、それでも意図がつかめない。なぜ、ファルプは『第二の草』が必要だったんだ? あいつは『CN』だぞ」
クルドが首を振りながら言った。スライが眉を寄せて、
「とりあえず、今は謎解きをしている暇がない。サヨコは『草』を飲んでないんだ。アイラの連絡がつき次第、サヨコは連邦警察の船で、緊急用の『草』を投与してもらって地球へ降りる。証拠固めはその間にタカダを捕まえて吐かせる」
(どんなことをしても)
自分の声が冷えてぴりぴりしているのがわかる。
「まだ、カナンにはこっちが気づいたことを知られない方がいいだろう」
「緊急用と言えば、ファルプのところに『草』の予備があったんじゃないか?」
はっとしたようにクルドが言った。虚を突かれ、スライは振り向いた。自分がそんなことも思い出せないほどうろたえていたのに、今さらながら気がついた。
「ああ、そういえば……だが、カージュやサヨコの初めの発作で使っているから、あまり残っていないかもしれない」
「だが、あるかもしれない」
クルドは目を輝かせた。
「どうだろう、あんたとアイラはタカダを捕まえる。だが、それをファルプに邪魔されると困る。おれとサヨコが医務室へ出掛けて、サヨコの『草』が盗まれたことを話してファルプに『草』をもらう。そうすれば、あんた達の動きから、ファルプの目を逸らせられ…」「いや、それはまずい」
スライは遮るように口走ってしまった。
「誰がサヨコの『草』を盗んだのかはわかっていないが、意図は2つ考えられる。1つはサヨコへの脅し、もう1つはサヨコに『草』を求める行動を起こさせることだ。このステーションで、個人のもの以外の『草』は医務室にしかない。医務室はファルプの手の内にある。サヨコを医務室へ連れて行けば……それこそ、向こうの手に乗ることになる」
ぞく、と無意識に体が震える。
(このうえ、サヨコを危険に晒す、だと?)
一瞬アイラが妙な表情でスライを見たが、それを無視して首を振る。
「危険すぎる」
「わたし…」
黙っていたサヨコが、ふいに口を開いた。
「わたし……クルドの意見に賛成です。ファルプが本当に敵だとはまだ思えない。それに、クルドの頭の傷も診てもらったほうがいいと思います。クルドの診察と手当の間に、わたし、モリのことを調べたいんです。医務室の端末なら、何か違う情報が入っているかもしれない」
スライは瞬間、喉を締めつけられたような気がして、ことばが出なかった。
さすがに、同じくぎょっとしたらしいアイラが、
「そんな、あなた」「いや、サヨコ、それは」
クルドも口を合わせてやめさせようとするのに、サヨコは2人をじっと見た。黒く深い瞳が、視線に気圧されたように黙り込むアイラとクルドから、ゆるやかにスライに目を移す。
意志をたたえてたじろがない瞳、まるで自分の進む道がまっすぐ見えているような、それをひたすらに見つめるような。
揺さぶられ続けたスライの心が、その瞳に吸い込まれ呑み込まれていく。
(ああ、この目だ)
スライは思わず微笑んだ。一番手に入れたかったものが何なのか、ようやくわかった気がした次の瞬間、サヨコは頷いてぽつりと宣言した。
「わたし、まだ、地球へ戻りません」




