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緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第6章 『青い聖戦』

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「おそらく。そして流通もし始めていると思われます。この『第二の草』には、2つの特徴があります。1つは習慣性が高いこと。通常の『草』より血中に保持できる濃度が低く、同程度の効果を得るためには、かなり多量に必要とするのです」

 スライの頭の中をカージュの件が過った。

(もし、カージュが渡されていたのが『第二の草』だったとしたら 辻褄があう…)

 だが、誰が、いったい何のために渡したのか?

 アイラは話が聞き手に与える衝撃を充分考慮したように、残りの言葉を丁寧に紡いだ。

「もう1つは、『草』特有の匂いがないこと」

「それが…」

 どういうことになる、と言いかけて、スライは閃いた考えに目を見開いた。

「『草』の服用がわからない…ってことか」

「そう、『GN』なのか、『CN』なのか、すぐにはわからない」

 アイラはうっとうしそうに同意した。

 宇宙空間に出ることを夢見ている者にとって、それはすばらしい福音だったに違いない。

 『GN』と『CN』は、能力上では差別されていないとは言え、万が一の発作を考えて、公的機関の宇宙滞在スタッフには『CN』が選ばれることが多い。今までは『草』を服用する限り、特有の匂いがあるのでごまかすことはできなかったが、『第二の草』を使えば、『GN』であるとの情報を操作するだけで、宇宙に出られる。

 宇宙へ向かって未来が開かれているこの時代に、宇宙に出るだけの素質を持っているという証明、『CN』であるということは成功への大きな因子になっている。

 アイラはちらりとサヨコを見た。

「少し前に、宙港で、急に『宇宙不適応症候群』を起こした人間がいました。サヨコが治療を依頼された者です。公表されていないけど、彼も『第二の草』の服用者だった可能性があります」

 アイラの口調にスライはあるニュアンスを嗅ぎ取った。ゆっくりと確認する。

「そして、モリも、ということか?」

 アイラは正面からスライを見つめた。

「そう、モリも」

 大きな目がゆっくりと殺気を帯びて細められた。

「もし、モリが本当は『GN』で、『第二の草』を服用していたのなら、誰かがここへ『第二の草』を運んでいたはずです。それに、スライ、あなたが噛んでいない、とは決められなかった」

「は…ん…『第二の草』の密輸に関わっている、と見られていたのか。だから、内密に入り込んだ」

「カナンとの癒着も気になりました」

 アイラはきらきらする茶色の目で婉然と笑って見せた。

「あなたはカナンと揉めているように見えるけど、それが本当なのかはわからない。人間はとても複雑な嘘をつくものだから」

 苦笑いして、スライは答えた。

「それがどうして、疑いを解いた?」

「サヨコが…あなたは、モリの死に責任を感じているようだ、と判断したので」

 スライはぎくりとした。

 サヨコが一瞬スライの方を見る。そのつややかな黒い目に見つめられて、みるみる体中の血液が顔に昇ってくるような気がした。

(サヨコは俺のことを考えてくれていた)

 自分を迫害する人間達としてではなく、モリの死に傷つき苦しむ一人の人間として。スライでさえ認めなかった、深い心の痛みをカージュと同じように見つめて手を差し伸べてくれていたのだ。

(サヨコが俺のことを)

 日本人だとか『GN』だとかのことばが、スライの中に沸き上がった激しい喜びにかき消される。圧倒的な幸福感にめまいを感じて、それでも微笑みかけたスライは次の瞬間、同じぐらい素早くそれらがどこかに奪い去られていくのを感じた。

(なのに、俺は)

 サヨコがスライを憎んでいるんじゃないかと恐れ、サヨコにモリのことを責められているように思い、自分の気持ちを守るためにサヨコを攻撃してしまった、彼女が生まれてもいないときのことまで持ち出して。

(俺は、サヨコを、傷つけた)

 気づいた瞬間、顔に昇った血が全身に散らばり手足の先から外へ流れ出してしまったような喪失感を感じた。

(地球にいた『CN』じゃない、俺が……俺自身の弱さから、サヨコを傷つけた……とても、ひどく)

 気づかないうちに、サヨコの手は確かにスライに伸ばされて、その瞳はスライを見つめていたのに、スライはそれに気づかなかった。気づかないまま、サヨコの傷を踏みにじった。

(取り返しの……つかないことをした、んだ)

 スライは茫然とした。

 自分の傷を知りながら踏みにじってくる男の何をサヨコが必要とするだろう。サヨコがどれほど深い思いやりと哀れみを持っていたとしても、それが加わった気持ちは既に対等なものではない。自分の傍らに寄り添う相手として見てくれるのではない。それは……患者か、もしくは、何かの手当てが必要な存在として、だ。

(俺は……サヨコの側に……居られない?)

 スライは軽い吐き気を覚えた。サヨコに見られているのが耐えられなくなって、目を逸らせる。それでも、サヨコの視線が体に突き刺さるようで、胸が苦しくなった。

(失った……? 俺はもう、サヨコを失った、のか……?)

「じゃあ、誰が、だな」

 それまで黙り込んでいたクルドが、何事かを思い悩みながらとも取れる、低く沈んだ声で言った。

「それに、どうやって、だ」

 スライは必死に意識を問題に引き戻した。

「加えるならば、なぜ、です」

 アイラが追加した。

「なぜ、ここに運び込む必要があったのか。もしばれれば、これほど逃げにくい場所はないでしょう。1週間から数カ月おきにしか、外部との出入りはないし」

「だが、タカダはここへ何度か来ている」

 クルドはぽつりと口を挟んだ。

「毎回少しずつ顔を変えて、な。タカダだと思われる一番古い記録を見たら、名前が違っていた。ソーン・V・K・ウント。だが、おれには別の名前の方がよくわかるよ。ヴェルハラ・S・W・ウント。昔と顔があんまり変わっていて、わからなかった」

 アイラがはっとした顔になるのに頷いて、クルドは続けた。


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