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「スライ……彼女は…」
ようやく元通りの思考スピードが取り戻せたらしいクルドが眉をひそめる。
スライは思わず皮肉っぽい笑い方になった。
「連邦警察だそうだ」
「連邦警察?」
クルドはアイラをゆっくりと眺めた。
「要請が通っていたのか?」
「違う。どうやら、もっとややこしいことになっているみたいだな」
「ややこしいこと?」
「それより…」
スライはクルドの混乱を無視して、再び書類に目を落とした。
「どのあたりまで調べたか覚えてるか?」
「ああ、おおよそは……だが、詳しいデータとなると……え、待て、書類が盗まれているのか?」
「その通り。だが、わからんな。書類を盗んだところで、情報はコンピューターに…待てよ」
スライは慌ただしく管理室の端末を操作した。
「やっぱり」
「どうしたの?」
「外部からの『来客』データが取り出せなくなってる」
わけのわからない顔のアイラに、スライは説明し直した。
「調理器が故障したんじゃない、客のデータが取り出せなくなって、調理ができなくなったんだ。情報を封鎖されている」
「じゃあ、タカダについては、直接本人にあたるしかないのね?」
スライはうなずいた。
「計画的なものだな」
「だが、それはおかしいぞ、スライ」
クルドがどうにもわからないという口調で割って入る。
「おれ達がタカダを調べようと考えついたのは、ついさっきのことだ。それも、あんた個人の発想で、おれはすぐに動いている。それを知っている奴がいたとは…」
「だから、違うんだ、クルド」
(狙われたのはサヨコ……標的になったのは……命の危機にあるのは……サヨコだ……俺はサヨコを……失うかもしれない……?)
スライは這い上がってくる不安を必死に払い落とした。
「計画されたのはサヨコの『草』の盗難で、あんたが襲われたのは偶然だったんだ」
我ながら声が沈んでいる、と思った。聞いたクルドもぎょっとした顔になって、部屋の隅に陽炎のように立つサヨコを振り向く。
「サヨコの『草』が盗まれた?」
「そう」
これも十二分に殺気立っているアイラが続ける。
「おまけに、サヨコは今夜の分をまだ飲んでないの」
「待ってくれ、殴られたせいか? おれには何がなんだか…」
「安心しろ、俺もだ。だから」
スライは管理室のロックを二重にした。万が一、ステーションで暴動などが起こって、緊急退避しなくてはならなくなったときのものだ。
心得て、アイラがもう1度部屋の中を見回る。盗聴器を探しているのだろう。すぐに体を起こし首を振った。
「時間があるうちに、物事をはっきりさせておきたい。いいだろう、アイラ・ブロック刑事?」
スライは腰を下ろした。サヨコとアイラ、クルドも改めて座り直す。
「いい案ね。じゃあ、まず、わたしの任務から」
アイラは金髪をはねあげた。
「サヨコにはおおよそのことは話したのだけど。今回、わたしがここに派遣された任務は3つあります。1つはサヨコの保護、もう1つはモリの死の原因調査。でも、この2つとも、最後の任務に深く関わっています」
アイラはことさら静かな口調で付け加えた。
「『第二の草』の存在です」
「『第二の草』?」
スライが眉をしかめた。
「手短に話します、サヨコの時間がありませんから」
アイラの冷たいことばに、スライは思わずサヨコを見た。
だが、サヨコは依然、何事かを深く考え込んでいる様子で、おざなりに頷いただけだ。瞳はいつもより黒々と光を吸い込み、そこには感情が読み取れない。
その姿は、スライに、いつか向き合っていたモリの姿を思い起こさせた。
(いったい、何を考えているのかわからなくて、そうだ、俺は苛ついていた)
自分に敵意を持っているのを巧みに隠しているようにさえ感じていた。
「今から数年前」
スライの気持ちにはお構いなく、アイラが淡々と話し始める。
「スペースプレーンの事故が起こりました。搭乗者にはシゲウラ博士をはじめとする高名な学者が多く、事故原因が整備不良だとされた後も、ある種のテロではなかったのかという噂が囁かれました。結論から言えば、あれは事故ではなく、シゲウラ博士を中心とする科学者グループを狙ったテロ、です」
サヨコはやはり反応を見せない。アイラから既に聞かされていたらしい。
「主犯と見られているのは、『青い聖戦』を名乗るテロリストグループですが、彼らはまた非常に熱狂的な『GN』支持者でもあります」
ぴくりとクルドの顔がひきつった。厳しい表情で凍りつく。
(クルド?)
スライは相手の珍しい表情に戸惑った。殺気、それに近い不安定な顔だ。
対照的に、アイラは穏やかとも言えるほど、抑えた口調で話し続けた。
「構成メンバーは『GN』ばかりで、『GN』による宇宙支配を絶対正義と信じています。詳しい経過は省きますが、それ以前から、連邦警察は、『草』が密かに連邦以外で作られていることを掴んでいました。ただ、決め手がなくて……特捜部は設けられたのですが、ほとんど機能していなかったのです。そこへ、シゲウラ博士から協力するとの申し入れがありました。彼と彼の友人の科学者グループに、『第二の草』の研究をするように依頼があったというのです。彼は、表向きはそれを受けるふりをして、その実、連邦警察に情報を流してくれることになっていました」
アイラは一瞬ことばを切った。それから一息に、
「自分に万が一のことがあった場合、残された子ども、サヨコ・J・ミツカワの身の安全を保障するという条件をつけて」
スライはサヨコを見た。頬がわずかに紅潮しているほかは静かな表情だった。だが、スライは、サヨコの瞳の奥に、カージュの側に座っていたときのような、強く明るく燃える炎が再び灯され始めたのに気づいた。
「『第二の草』は、連邦管理下で動きが制限されている『草』を自分達の手でつくりだし、それによって自分達に必要な人間に供給することで巨大な支配力を持とうとする意図で、研究開発が進められました。『第二の草』が大々的に流通するようになったが最後、『草』を中心として動いている宇宙開発は混乱に叩き込まれます。それを回避するのが本来のわたし達の目的でした。けれども、シゲウラ博士は『第二の草』が自分達以外の研究者でも開発されているというメッセージを最後に、テロにあわれたのです」
「つまり…?」
スライは噛みしめるように、
「『第二の草』は、もう、できている…」
アイラは頷いた。




