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スライはようやく立ち上がった。
自分が情けないことをしているとは思っていたが、サヨコの瞳に体の力を奪われたような気がして、身動きするのも億劫だった。
だが、クルド1人に調査を任せておくわけにもいかない。それに、こういうことは手早いはずのクルドが、いまだに何の報告もよこさないのも気にかかる。
(いいかげんにしろ、ここはお前の船だぞ)
自分で自分をなじり、足早にクルドの部屋を出て、管理室に向かう。
途中の階層を行き来するエレベーターが、スライが通るのを待っていたように開いた。中から2人の人間が出て来るのに思わず立ち止まった。
できれば、スライが今一番顔を合わせたくないサヨコ、それにアイラの姿だ。
2人はスライにまっすぐ近づいてくる。仕方なしに、サヨコを見ずにアイラに向かって声をかけた。
「ここは一般人立ち入り禁止区域ですよ」
「悪いけど、職務権限で許可していただきますわ、スライ船長」
怯むかと思ったアイラが平然と答えて、スライは瞬きした。
「職務権限?」
「緊急を要する、また機密保持が必要なことですから」
スライは眉をしかめてアイラを、続いて側に立っているサヨコを見た。サヨコは目を伏せている。その顔色がさっきよりも悪い。
(何か、あったのか?)
不安が押さえるようと努力するよりも早く体を内側から支配していく。
(サヨコに何かが?)
考えるだけで身が竦んでいきそうになるのに、我ながら驚いた。
(俺はどうかしてしまってる)
一体何が起こっていると自問するより先に答えが胸に溢れる。
(…怖い……サヨコを失うのが……怖いんだ)
響いた内側の声を無視してことばを吐き出す。
「どういうことですか、アイラ」
「身分証明はこれ……詳しくは連邦警察に確認してください。わたしは、連邦警察、アイラ・ブロック刑事です」
「連邦…警察…」
スライは思わずアイラを上から下まで見た。相手はIDカードを見せながら軽く頷いた。そこにはアイラの顔写真が刷り込まれている。
「ええ、らしくないのは認めますわ。必要ならばカードをチェックしてもらっても結構です。でも、今は急を要する案件が2つあります。1つ目。ソーン・K・タカダと名乗る人物が連邦警察の身分詐称をしています。身分保証者の確認と、彼の詐称の意図を知るために質問したいのです。ここでの主要権限はあなたにあります。許可を頂けますね?」
きびきびと言ったアイラに、スライの胸の嫌な予感はますます広がった。
(クルドが帰ってこない)
それはなお最悪の事態につながっているような気がした。
「わかりました、こちらへ」
アイラに合図して歩きだしながら、
「実はタカダにはこちらも不審な点があって、今クルドに調べさせているのです。ずいぶんたつが、まだ帰ってこない」
アイラがきつい顔で足を急がせ始める。同じように速度を上げながら、スライはアイラが急を要する案件が2つといったのを思い出した
「もう1つは何ですか?」
「サヨコの『草』が盗まれました」
「え」
スライは思わず立ち止まってしまった。一瞬にして全身の血が虚空へ吹っ飛んだような無力感、うろたえて、アイラの陰に俯きがちについてきていたサヨコを見やる。
サヨコは唇を噛んで頷いた。スライの目を見ようとしないが、怯えているというより、何かを必死に考え込んでいるようだ。
サヨコを見つめたまま立ち竦んだスライの隣を擦り抜け、管理室に飛び込んだアイラが声を上げる。
「スライ……手を貸して! 遅かった!」
スライはサヨコの重く沈んだ瞳から、振り切るように目を逸らせて管理室に入った。
書類が散乱したデスクの上、クルドがうつ伏せに倒れ込んでいる。
「クルド!」
スライの声に、クルドは唸って体を起こした。
「あつ」
呻いて体を竦め、そろそろと後頭部を触る。側にいたアイラがすぐに状態を確かめる。
「大丈夫、骨には問題がないみたいだけど」
「ここは……あ、あいつは!」
クルドはぼんやりと回りを見回し、とたんに大声を上げて顔をしかめた。
「あいつ? 襲った奴を見たのか?」
スライは念入りに室内を調べながら尋ねた。
クルドは後頭部に当てた手を前へ回し、自分でも出血を確かめていたが、のろのろとした動作で首を振った。
「いや…資料に集中していたからな……気がついた時には殴られていた。ただ、かなりの力だったから、たぶん相手は男だろう」
「そうか」
スライは机の上に散らばった書類を丁寧にかき集めた。
「夕食の時間だったから、いなかった人間はすぐに割り出せるな」
「無理だと思うわ」
アイラが首を振った。
「というと?」
スライが目を上げると、
「わたしとサヨコも食事に行ったんだけど、急に調理器が故障したそうよ。1度に数人ずつしか食べられないということで、みんな、ばらばらに食べて部屋に戻っていたわ。今でも、数人が食べているはずよ」
アイラが溜め息まじりにいった。




