表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
緑満ちる宇宙  作者: segakiyui
第6章 『青い聖戦』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/71

2

「さて……どうしようかなあ……サヨコ、叔父さんのところへ行くつもりなら、ついていってもいいけど?」

 アイラは廊下に出ると、にこにこしながら話しかけてきた。

「ありがとう。でも……もう少し、後にするわ。今は何か…頭がすっきりしていなくて…」

 サヨコは考え込みながら答えた。

 ひょっとすると、タカダは既にサヨコが陥った状況を知っているかもしれない。訪ねていくにしても、できればサヨコ1人の方が、タカダとしてはいろいろ尋ねやすいかもしれない。

「ふうん…」

 アイラはサヨコを覗き込んで、意味ありげに、くす、と笑った。相手を見ると、サヨコの顔に目を据えたまま、

「じゃあ、あたしの部屋に来ない? 今すぐ1人になるのも何かと不安でしょ。少し話しましょうよ」

(ひょっとして、アイラも事件と関わりがあるの?)

 含みのある口調が気になったものの、騒ぎがあったすぐ後に、また新しい騒ぎを起こすほど無謀なことはしないだろう。それに、確かに、今すぐ1人で部屋に戻る気にはなれない。

「あのね」

 ためらうサヨコを気遣ったのか、アイラは話し出した。

「あたし、日本の古い曲のCDを持って来てるの。好きなものばっかりだけど、それがどういう歌なのか知りたくて。人からもらったもので、解説も何もないのよ。あなたなら、少しはわかるんじゃない?」

 アイラは期待に満ちた顔になっている。

(それが目的…)

 サヨコはほっとして笑い返した。

「あんまり……知らないけど…じゃあ、寄せてもらうわ」

「ありがとう、とっておきのお茶、ごちそうするわね」

 アイラは嬉しそうに笑った。

 エレベーターで一般居住区の層に下りる。そこから廊下を移動して、サヨコはアイラの部屋に招き入れられた。

「う…わあ…」

「うふふ……可愛いでしょ。オリヅルっていうんだって」

 サヨコは一歩部屋に入って、目を見張って周囲を見回した。

 あちらこちらに、テープで小さな紙の鳥のようなものがとめられている。赤や朱、金に銀、紫にあさぎ……色鮮やかな紙の鳥。よく見ると、1つ1つ、紙を折ったり曲げたりして作られているようで、多少の形の狂いがかえって愛らしさを増している。

「部屋があんまり殺風景だから。オリガミ持ってきていたの。眠れなかったら折ろうと思ってて。それで折ったの…オリヅルって言うのよ」

 得意そうにアイラが説明した。

「アイラが? 作れるの、こんな不思議な形のもの」

 思わず呟くと、彼女は悲しそうな切なそうな目になって、サヨコを見た。

「不思議な形、か」

 淡く微笑んで見せる。

「昔は、日本人のほとんどが折れたのよ……あ、お湯もらってくるわ、待ってて」

 アイラが部屋を出るのを見送ってから、サヨコは改めて部屋中に舞う『オリヅル』を見回した。目も口も何も書かれていないけど、ほんの少しの紙のゆがみや陰影で、いろんな表情があるように見える。

 デスクの上に、ボードに留められた正方形の色紙があった。どうやら作りかけらしい緑の『オリヅル』も載っている。そろそろと近寄って、2つを指先で撫でた。通常の紙よりも薄くつるりとした手触り。どこか遠い時の中で、祖先がこれらを作っていたのだろうか。

「オリガミ……オリヅル…」

 日本語のように聞こえる響きだが、サヨコの記憶の中にはない。

(何のために作ったのかしら)

 紙で作った鳥。

 部屋の装飾に使ったのだろうか、それとも子どものおもちゃだろうか。

 でも、子どものおもちゃとしてなら、ほとんどの日本人が作れたというのは不思議な気がする。

(それよりももっと何か、違うものに使われたような気がする)

 サヨコは首を傾げて、少し目を閉じた。

(そう、何か、祈りを紡ぐようなもの)

 何の祈りだったのだろう。

(ひょっとして、よりよく生きるため、とか。魔よけ、とか)

 サヨコはドアを振り返った。

 アイラはまだ帰らない。

 そっとデスクの椅子につき、緑の紙を取り上げた。

 ボードの下に作り方の図解があった。じっと見ている間に、自分も1つ作ってみたくなった。

(色紙はまだ何枚もあるし、緑もある。……1枚だけなら使ってもいいわよ、ね)

 普段ならしなかったろう。けれど命を狙われて、またこの場所に頼りにする者1人も見出せない気持ちに、魔よけの品というイメージは強く響いた。

 正方形の紙を半分に、三角に折る。隅をきちんと合わせましょう、と書かれているのに気づいて折り直す。と、色紙の滑らかな表面に無様によじれた筋がついて、サヨコはうろたえた。

(失敗しちゃ、だめなのね)

 慌てて広げて延ばしたが、紙には既に2本の筋が残ってしまった。

「始めてしまったら、後戻りはできないんだ……」

 それは、サヨコの始めた『もう1つのこと』と重なって、指を緊張させた。

 始めたら、後戻りはできない。

 サヨコは調査を始めるにあたって、スライを見事に敵に回してしまった。だからと言って、失敗は許されない。失敗すれば、あの地球でも生きる場所を失ってしまう。

 唇を噛み、少しずつ少しずつ図解に従い折っていく。やがて、紙はサヨコの手の中で次々と形を変え、思いもしない部分が羽根になり嘴になった。どうするのかわからなくて、何度も手を止めた。だんだん夢中になっていく。まるで手の中に、緑の紙で表現されたもう1つの宇宙を組み上げているような不思議な感覚に落ち込んでいく。

(平面が折り直されて起こされて、空間になって見えない形が浮かび上がる…)

 アイラはなかなか帰って来ない。

 どれほど、そうして紙と格闘していただろう。

 やがて、サヨコはすっかり熱くなった顔を上げた。額にうっすらと汗をかいている。両手の中に、模様のように幾つも折り損なった筋のついた、小さな鳥が現れていた。

 部屋の中に飾られているアイラのものほどきれいではない、けれども、間違いを繰り返した跡さえ何か特別な文様のようにさえ見える、その『オリヅル』は、とても美しく見えた。

「できた…」

 吐息とともに誇らしげな思いともに呟いて微笑んだ。

「ほんと」

 ふいに、背後から応じるような声が響いて、サヨコは急いで振り返った。

 いつのまに戻っていたのだろう。アイラがポットを持って立ち、じっとサヨコを見守っている。

(ああ、しまった)

 アイラの茶色の瞳が淡く陰っているのを見たとたん、汗が一気に冷えた。

「血、なのかしら、それとも、日本人の特性?」

「あ、わ、わたし」

 緑の『オリヅル』を手に慌てて立ち上がり弁解しようとしたサヨコを、アイラは物憂く遮った。

「いいの、責めてるわけじゃないの」

 小さな吐息を1つ。

「でも、あたしが初めてそれを作ったときは、何時間もかかったわ」

 放り出すような口調に微かな怒りがこもっているようだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ